2015年12月14日

「哲学」と「数学」のざっくりな違い

通常の多くの哲学は、とどのつまり、各人が好きなことを語っているだけのように見える。そして、哲学フレンドリーな当方が書いている当ブログ記事の一部も、哲学的な雰囲気が基調になっていて、すなわち、当方は好き勝手なことを、哲学的な色合いで、哲学タッチで書いているとも言える。

ただし、それゆえ、哲学は、何となくの理解や大方の理解はできたりすることはあっても、正確なコンセンサスはなかなか得られない。みんな好き勝手な概念を用い、好き勝手に持論を展開しているだけだ。だから、哲学については、もう、みんな、それぞれ、好き勝手なことを述べていればいいのだ。

これは、当方が、放送大学の科目も含め「哲学」と称するものに、あまり興味を示さない理由の1つでもある。哲学的な考え方を比較的好みつつ、とどのつまりは哲学を、ある意味「好まない」のだ。ややともすれば、哲学的言辞を「ガラクタの羅列」とさえ思ったりするのだ。

一方、数学は、基本的に、好き勝手なことを言えない。だから、各人のコンセンサスが得られやすい、あるいは、基本的に共通理解が得られなければならない学問である。それが、当方が数学は苦手なのに、放送大学の科目で主に「数学」関連を受講している理由の1つである。

ただ、数学においても、コンセンサスが得られるか得られないかのギリギリのところに興味があるのは、当方が本質的に哲学体質だからということになるかもしれない。人々が、とりあえず素直に受け入れて先へ進むところを、当方は、イチイチつっかえつっかえ、なかなか前に進まない。むしろ逆に後ずさりしたいくらいだ。

ただ、後ずさりするにも、対象としているもの(この場合、数学)が、ある程度どういうものか理解できていないと一歩も後退すらできない。だから、そもそも前進はあまりしたくないが、言わば後退するために、後ずさりするために、数学の基本形くらいは知識として持っている必要があるだろうと考えている。すなわち、数学の基本を身につけるため、少しくらいは前進もしないわけにはいかなそうだ、ということである。



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2015年12月11日

「発明」と「発見」

下記の議論は、煎じ詰めれば「どうでもいい」議論であることを、初めにお断りしておく。ついでに、この議論に限らず、あらゆる議論、あらゆる当方の記事、あらゆる概念、ありとあらゆる全ての物事は、煎じ詰めれば「どうでもいいもの」であることにも言及しておく。「そんなの言われなくても当たり前だ」という方は、当方とコンセンサスが取れているわけで、思考スタイルが一致しているかもしれない。

以前の記事でも、「発明」と「発見」について言及している。一般的には、「ゼロの発見」と言われるが、当方「ゼロの発明」だと思っている。

それ(ゼロの発明なり発見なり)について詳しいことは全く知らないので、(「軽々には言えない」ではなく)軽々に言うならば、ゼロという概念は、それまで無かったわけで、無いものは発見しようがない、ということである。

ある土器が出てきた。この土器は、恐らくは今までもそこに埋まっていたと推定されるので、「発見」である。今までも有ったものを、初めて見つけたわけで、これは「発見」でいいだろう。

一方、ゼロというのは、概念だが、概念というのは、通常、人間の頭の中に存在するものだから、もし「ゼロの概念」が誰かの頭の中にあったとしても、それを他人が発見できようはずもなく、仮に「発見」するとしても、それが可能なのは本人だけだ。しかし、「ゼロの概念」がその人の頭に発生した瞬間に、その人はそれを見つけるわけだから、それは同時進行、すなわち「ゼロの概念」が浮かんだ瞬間が「ゼロの発見」である。そのような場合、それを称して「発見」と言うだろうか。それは、その人の思いつきであり、すなわち今まで無かったものを見つけることは、「発見」ではなく「発明」であろう。

翻って、学問というのは、「発明」に満ち満ちているように思う。

考古学の土器などは、「発見」ということでいいと思うが、その「土器の発見」から派生する「解釈」は、「発明」であろう。Aという解釈もあれば、Bという解釈もある。「発見されたということ」だけが事実であり、それが本物かどうかも厳密には分からないだろう。「本物かもしれない土器が発見されたということ」だけが事実であり、本物かどうかも厳密には分からないものから帰結する考古学上の学説は全て、(仮に土器が本物であってもなお)仮説であろう。

学問は全て、「仮説」や「発明」から成り立っていると思う。「仮説」は事実ではなく、どんな仮説も煎じ詰めれば永久に証明されない。また発明は、想像力の産物で、これまた事実ではない(誰かが発明したというのは事実だが、発明された学説などは事実ではない)。

学問は、通常鹿爪らしく考えられているほど大そうなものではなく、山登り同様、楽しみの一つであり、学びたければ学べはよい程度の娯楽である。まあ「学問が娯楽だ」というのは、当方独自の位置づけであり、当方の発明にすぎない概念だが、学問は少なくとも鹿爪らしい大そうなものではない、ということである。

何かが語られた場合、語ったということは事実だが、語った内容は、煎じ詰めれば事実とは言いがたい。語るという現象は事実だが、その内容は、事実とは言いがたい。全ての言辞は、煎じ詰めれば、どうでもいい(どう・でも・いい→如何様にもあり得る)。仮に、人間に声帯が無かったとしたら、ペンを持つ指が無かったとしたら、全く違う文化になっていただろう。それはそれで、あるがままの文化である。もちろん、現行の文化も、一つのあるがままの文化である。

「君は、当たり前のことばかり話しているけれど、話す必要、あるの?」と問われ、
「必要はないけど、話したっていいでしょ?! それもまた、あるがままということで・・・」
などと答えれば、
「毎度、ご苦労さまっ」と皮肉交じりに揶揄される、そんな今日この頃ですかね。

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2015年12月04日

全ての学問は、作り物である

「そりゃあ、そうでしょう、学問は人間が作ったんだから」と、物わかり良く言ってくれれば、わざわざ書く必要もないことである。ただ、「全ての学問が作り物だなんて・・・」、と異議を唱える人のために、この記事を書く。「異議を唱える人なんて居ないよ。居るとすればアンタだけだよ」って?! じゃあ、独り芝居になってしまうなあ。まあ、それでもいいや。そもそも、私しゃ、いつだって独り芝居だし。

一つの例として、最近書いた記事標準偏差(S.D.)の計算式の理論的妥当性(根拠)は?でも触れた統計学の「標準偏差の計算式」、これは、どうやら、統計学の基本事項であると同時に、その上に統計学が成り立っているような土台となる計算式のようである。そして、この「標準偏差の計算式」が、もし理論的な妥当性が無いとすると、統計学全体も理論的妥当性が無いということになる。

追記

朝4時ころに眼が覚めて、「標準偏差の式」について考えていたら、「2乗平均平方根の式」(=「標準偏差の式」)の意味だけは分かったように思う。ただ、この「2乗平均平方根の式」が「標準偏差の式」として用いられている妥当性については、まだイマイチ分からないが、ずいぶん気が楽になった感じはある。

どう「2乗平均平方根が分かったように思った」かというと、例えばデータが4つあって、その偏差(平均値との差)をa,b,c,dとする。「標準偏差の式」は、(aの2乗+bの2乗+cの2乗+dの2乗)÷4、これをルートしたものである(2乗平均平方根)。そのときの以下に示す考え方が、当方が朝4時に眼が覚めて思いついたものである。

すなわち、aの2乗は、aの絶対値(長さ)を一辺とする正方形の面積であり、同様にb,c,dそれぞれの2乗も、b,c,dそれぞれの絶対値(長さ)を一辺とするそれぞれの正方形の面積である。これらをプラスしたもの(ミックスしたもの)は、ある一定の大きな正方形の面積となり、その大きな正方形を4つの均等な面積の正方形に分割し、その分割した後の1つの正方形の面積をルートすれば、その4つに分割した後の正方形の一辺の長さとなる。

このように思いついた時点で、「2乗平均平方根の式」の意味は、分かったように思った。これはこれで、通常の「算術平均(ただしこの場合は絶対値の平均)の式」が素直に納得できるのと同じ意味で納得できた。

ただ、「2乗平均平方根の式」が「標準偏差の式」として定義されている妥当性については、イマイチ納得できていない。「算術平均(ただしこの場合は絶対値の平均)」でもいいんじゃないの?、とか「4乗平均の4乗根」でもいいんじゃないの?、という疑問である。もっとも、「4乗平均の4乗根」は、「標準偏差の値」としてはより良い(どういう意味で良いかは説明しづらい)値が得られるような気もするが、その一方で、「4乗平均の4乗根」は、四次元立方体の一辺になると思われ、想像しづらい上に計算が大変そうで「標準偏差の式」とするには現実的ではないのかもしれない。


統計学自体は、現代社会にあって、必要かつ無くてはならないほどの地位を確立しているようだし、それはそれでいいとしても、それなら「別の標準偏差の計算式」から、別の統計学を構築することもできそうな気もする(そういうものがあるのかどうか、当方は知らないが)。

ことほど左様に、統計学に限らず、他の数学も、他の学問もすべて、ある程度直観的に納得できる「定義」から出発せざるを得ない。「そうだよ、それが学問だよ、アンタの言うとおりのものだよ。」と素直に言ってもらえれば、当方、差し当たっては、何も言うことはない。一生懸命、「あの幽霊はヘチマだ」と声高らかに言って、「誰も幽霊だなんて思ってないよ。あれはヘチマだよ。」と言われたら、反省するしかない。

「君が書いた別の最近の記事放送大学の先生からいただいた貴重なお言葉でも、先生が「どんな学問も、ある程度、定義された(限定された)土壌に立って話が始まり・・・」と言っておられるじゃないか。だから、学問とは、そういうものなんだよ」、と言われてしまうかもしれない。

それに対して、当方は、「じゃあ、学問は、芸術と同じようなものなのか」と問う。勝手に定義して、勝手に学問を構築するのと、芸術家が自分の決めた手法で絵を描いたり曲を演奏するのとは、同じカテゴリーの事柄なのか?と。「そうだよ、知らなかったの?!、人間の活動は全て、そういうもの(勝手に決めて勝手にやる)だよ。」と素直に言ってもらえれば、当方、もう本当に、何も言うことはない。

「君だって、最近の記事「あるがまま」とは、(あらゆる時点における)起こった過去の事象すべてで、学問を学んでも学ばなくてもどちらでも良い、って言っているじゃない。所詮、芸術も学問も、どちらも娯楽なんだよ。やりたければ、やればいい。やりたくなければ、やらなきゃいい。やりたくても、やらなくてもいい。やりたくなくても、やってもいい。どう・でも・いい→どうでもいいのよ。」と言われれば、「そうだね、学問に、ありもしない過剰な期待を抱きすぎてたのかもしれないね。」と言うほかない。

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2015年12月03日

「あるがまま」とは、(あらゆる時点における)起こった過去の事象すべて

「学問」とは、「あるがまま」に対して、イチャモンをつけること。
(だから学ばなくてよい)

だが、「イチャモンをつけること」も含め、「あるがまま」である。
(だから学んでもよい)

よって、学んでも学ばなくても、どちらでもよい。
(→滝川クリステル「どう・でも・いい→どうでもいい」)

バカボンのパパ「それでいいのだ!」(→よろしかろう)

めでたく「あるがまま、どうでもいい、よろしかろう」の完成。

参考記事 
「あるがまま、どうでもいい、よろしかろう」の思想
「善悪の彼岸」〜「あるがまま、どうでもいい、よろしかろう」の在りようについて

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2015年12月01日

放送大学の先生からいただいた貴重なお言葉

とある質問をしたときに、いただいたお言葉。A4用紙に印刷して後生大事に壁に貼ってあります。世の学徒の皆さんも、印刷して指針とされるのも宜しかろうと存じます。(先生からの私信としていただいたお言葉をブログで公開してしまってすみません。ただ、放送大学に入学すれば、時にこのような貴重なお言葉もいただける可能性があるということで、放送大学の宣伝にもなればと思っています。どうか、お許しを。)

すぐ、「混沌」のような哲学的概念に結び付けないで、自分のわかる範囲の定義からスタートするのがよいと思います。

混沌からスタートしてよいのは哲学ぐらいで、他のどんな学問も、ある程度、定義された(限定された)土壌に立って話が始まり、その上にそれを発展させたものが多いと思います。特に理系の学問はそうしたものが多いかと思います。

数学などはその極で、扱う要素をきちんと定義し、その上に壮大な領域を構築していきます。物理も、ほぼすべてをニュートンの三大原理からスタートさせ、ほぼあらゆる物の運動を説明できます。

私の「コンピュータのしくみ」では、ディジタル、それも0と1しかない世界を前提に、かつ時間方法にもクロックで刻まれているという前提で、すべてを作り上げることができることを示している訳です。

そうした、定まったベースに立って、物事を考える習慣をつけてください。そうした経験を十分研鑽してから、改めて「混沌とは」とか「人間とは」といったことを考えるのがよいかと思います。


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2015年11月27日

標準偏差(S.D.)の計算式の理論的妥当性(根拠)は?

もう数年来、疑問に思っていたこととして、標準偏差の計算式は、何故「偏差を2乗したものの和を標本数で割りルートする」のか?というのがあった。本日、「標準偏差 式 意味 根拠 なぜ2乗する」で検索してみて、下記の参考サイトの記述などから、難しいことは別として、(釈然としない部分はあるものの)大筋の理解は得られた。

参考サイト
http://qiita.com/kenmatsu4/items/e6c6acb289c02609e619
http://q.hatena.ne.jp/1121168431
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1211655167
http://www5f.biglobe.ne.jp/~mind/knowledge/basic/statistics001.html

一つには、「偏差の絶対値の和を標本数で割る」平均偏差もバラツキを表わす指標として使えるし、バラツキだけのことなら、平均偏差でも悪くないらしいのだが、「それを利用したその他の計算過程で不便が生じる」などの理由により、計算上便利な2乗してルートするタイプの標準偏差がよく使われている、ということらしい。

追記
朝4時ころに眼が覚めて、「標準偏差の式」について考えていたら、「2乗平均平方根の式」(=「標準偏差の式」)の意味だけは分かったように思う。ただ、この「2乗平均平方根の式」が「標準偏差の式」として用いられている妥当性については、まだイマイチ分からないが、ずいぶん気が楽になった感じはある。

どう「2乗平均平方根が分かったように思った」かというと、例えばデータが4つあって、その偏差(平均値との差)をa,b,c,dとする。「標準偏差の式」は、(aの2乗+bの2乗+cの2乗+dの2乗)÷4、これのルートを取ったものである(2乗平均平方根)。そのときの以下に示す考え方が、当方が朝4時に眼が覚めて思いついたものである。

すなわち、aの2乗は、aの絶対値(長さ)を一辺とする正方形の面積であり、同様にb,c,dそれぞれの2乗も、b,c,dそれぞれの絶対値(長さ)を一辺とするそれぞれの正方形の面積である。これらをプラスしたもの(ミックスしたもの)は、ある一定の大きな正方形の面積となり、その大きな正方形を4つの均等な面積の正方形に分割し、その分割した後の1つの正方形の面積のルートを取れば、その4つに分割した後の正方形の一辺の長さとなる。

このように思いついた時点で、「2乗平均平方根の式」の意味は、分かったように思った。これはこれで、通常の「算術平均(ただしこの場合は絶対値の平均)の式」が素直に納得できるのと同じ意味で納得できた。

ただ、「2乗平均平方根の式」が「標準偏差の式」として定義されている妥当性については、イマイチ納得できていない。「算術平均(ただしこの場合は絶対値の平均)」でもいいんじゃないの?、とか「4乗平均の4乗根」でもいいんじゃないの?、という疑問である。もっとも、「4乗平均の4乗根」は、「標準偏差の値」としてはより良い(どういう意味で良いかは説明しづらい)値が得られるような気もするが、その一方で、「4乗平均の4乗根」は、四次元立方体の一辺になると思われ、想像しづらい上に計算が大変そうで「標準偏差の式」とするには現実的ではないのかもしれない。


もう一つ知りたいのが、計算式の根拠である。しかし、これについては、どうやら逆であるらしい。それは、よく考えてみれば、ごもっともな話である。極端な話、何に関してもそうだが、根拠を完璧に示せる事柄は、この世に一つもない。根拠の根拠と辿っていけば、いずれ分からなくなる。この世のすべては、混沌からの展開相だからだ。あらゆる分析は、煎じ詰めれば混沌に帰するしかないのだ。ことほど左様に、標準偏差の計算式にも、どうやら、「とどのつまりの根拠」は無さそうだ。あるいは、無くて然るべき、と言うべきか。

直観的に誰かが、(標準偏差という名前に似つかわしい)もっともらしい計算式を思いつき、運用上もまあまあ便利なので、それを「標準偏差の定義式とした」、といったところではないかと思う。それならそれで全然構わないし、と言うより、上記「根拠」に関する考察からすれば、それが然るべき姿だろう。すなわち、実体も無く行き着くこともできない「混沌」へと回帰しようと試みる際の、越えられない最後の砦は「定義」に委ねるしかない(「公理」はもちろん「定理」も煎じ詰めれば「定義」の一つとも言えよう)。例えば、コンピュータで言えば、0と1である(連続したものを最初に2つに分割する決め事)。

最近は、原初的という表現が似つかわしい学問である「数学」についても、とどのつまりは人間の想像力の産物にすぎない、という感触を強めている。人間が居なければ「数学」はそもそも無い。(証明はできないが)カマキリやカブトムシに数学はできないと思われる。誰かが、「人間が居なくても三平方の定理はある」とか「人間が居なくても1や2や3はある」と言うかもしれないが、人間が居なけりゃ、そんなものは、そもそも無い。それらは全て、人間が発明したものだ。例えば、「0の発見」などと言うが、「0の発明」と言うべきかと思う。

当方が、(学ばなくても全然かまわないが)かろうじて学ぶに値するかもしれない、せめてもの学習対象は、極めて原初的な何か(極限値としての「混沌」に漸近する何らかの形式)に関するものである。放送大学の科目にも、それを求めてはいるが、今回面接授業(通常スクーリングと呼ばれる)で「身近な統計学」を取ったのは、少し失敗した。それは、他の科目も含めて多く取りすぎたという意味もあるが、内容的には、差し当たっては逆方向に進んでいるように思われるからだ。もちろん、深く学べば繋がってくることかもしれないが、少なくとも表面的には、目指す方向と逆方向と思われるからだ。

まあ、そうは言っても、なかなか自分にぴったりな科目を探し当てるのは容易ではないので、少しずつ、やや失敗かももしれないことを重ねつつ、ターゲットに向かって学習を進めて行くしかない。学習もまた娯楽の一つなので、まあそう真剣になる必要はないが、楽しむためには、ある程度真剣にやる必要があるのも事実だ。

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2015年09月22日

放送大学2015年1学期の成績と2学期に受講する科目

〇放送大学2015年度1学期の成績

コンピュータのしくみ('14) 岡部洋一 専門(情報) 放送 2単位 2015/1 合 Ⓐ
数学の言葉 隈部正博 専門(自然と環境) 面接(兵庫) 1単位 2015/1 合

神戸元町R&Bホテル
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〇放送大学2015年度2学期に受講する科目

情報の世界('10) 川合慧 基礎 放送 2単位 2015/2
現代数学の歩んだ道 瀬山士郎 基礎 面接(群馬) 1単位 2015/2
初歩の離散数学 中谷広正 専門(情報) 面接(浜松) 1単位 2015/2
身近な統計学 渡邉志 専門(情報) 面接(浜松) 1単位 2015/2

☆見方マニュアル

左から〔科目(放送授業の開始年度) 講師 科目大区分(科目中区分) 授業形態による区分(面接授業の学習センター) 単位数 受講年度/学期 合否 ※評語〕の順

「※評語」とは、「放送授業における単位認定試験の成績評価」である。

Ⓐ(100点〜90点)、A(89点〜80点)、B(79点〜70点)、C(69点〜60点)、D(59点〜50点)、E(49点〜0点)

ちなみに、Ⓐ、A、B、Cを合格とし、D、Eを不合格とする。

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2015年05月26日

悲観的な、あまりに悲観的な

つい最近、本屋で立ち読みしていて、「この本は面白そうだ。買おうかな」と思った。この本だ↓



「だけどなー、待てよ。面白いと思うものに片端から手を出していたら、老い先短い人生、時間が足りな過ぎるぞー。」と思ったりもしながら、まずはアマゾンのレビューでも読んでみようということになった。大方のレビューは高評価であった。ただ、その中に次のようなレビューがあった。

「NHK宇宙白熱教室のテキストという位置づけの本。ローレンス・クラウスの新しい宇宙論の本だが、他のレビューアーも指摘しているように新しい話はほとんどない。わざわざ書いたのは、著者の「はじめに」からわかるように、宇宙は神のようなものによって創造されたと主張する人々に対し、宇宙は無から生まれたのだと、宇宙物理学的事実から示したいということらしい。最初にそのような話が来ること自体、スタイルとして日本人にはなじみにくいと思う。自分の学問分野の知見が正しいと思うなら、それをそのまま説明すればいいのであって、宗教家や神学者たちがなんと言おうが気にすることはないのにと思う。もしかしたら、むきになるのは、実は自信がないからなのではと穿った見方もしたくなる。」

当方、この意見を参考に、もう一度考えてみた。上記レビューアーは、「実は自信がないからなのではと穿った見方もしたくなる」と言っているが、「穿った見方どころか、そのとおり!」なのではないかと・・・。著者に自信があるかないかは別としても、そもそも「宇宙の始まり」なんて永久に分かるはずがない、というのが世の常人の思い至るところではないのか、と。

地震予知などといった学問もかなり怪しいように思うが、学者どもは国から研究費をもらって相変わらず研究を続けているように、宇宙物理学者も、とどのつまりは分かりっこない「宇宙の始まり」なんてものを題材にして、ああだこうだと研究し、本を書いて生活費の一助にしているだけなのではないのか、と。

まあ、ローレンス・クラウスさんが、本の印税で儲けようがどうしようが構わないが、どこまで行ってもわからない「宇宙の始まり」なんてものを、とめどなく研究し、その研究結果を本にして翻訳までして勤勉な日本人に売りつけるのはいかがなものか、と。

「宇宙の始まり」を知るための学問が進歩しても、肝腎の「宇宙の始まり」自体が永久に分からないのだとしたら、その学問は、果たして本当に進歩していると言えるのかどうか。真実も分からない、何かの役にも立たない学問など無いほうがいいのではないか、と。もちろんローレンスさんの生活のために宇宙物理学があるわけではない。宇宙物理学があったから、たまたまローレンスさんの宇宙物理学者としての生活が成り立っているというだけのことだ。

「生命の起源」の研究もまた然りだ。「生命の始まり」なぞ、常識的には「所詮、分かりっこない」としたものだ。これまた、研究のための研究といった体の学問と言わざるを得ない。研究過程でいくらワクワクしたとしても、「とどのつまりは分からない」というのでは、人間をワクワクさせるだけの享楽的学問と揶揄されても仕方ない。研究者をワクワクさせるために生命科学があるわけではない。生命科学があったから、たまたま研究者がワクワクしたというだけのことだ。

そもそも「宇宙の始まり」だの「生命の起源」だのの根本的な事柄が永久に分からないとすれば、そこから派生したこの世の全ての事象は基本的には永久に分からないということになる。ということは、この世の事象を研究するあらゆる学問は、煎じ詰めれば「永久に分からないことについて学ぶ」ものであり、とどのつまりは「永久に分からないことなんて、学ぶ必要なぞない」ということになる。

「煎じ詰めれば永久に分からない」のだからという理由で全ての学習も研究も封印するとすれば、「せめて最初に定義から始めてみては?!」ということになる。永久に分からないことは放っておいて、「(分からないけど)私は、〜が正しいと決める」と定義することから始める。例えば、「1から6までの目から構成されるサイコロは、今後振るたびに4の目しか出ない」を正しいと定義したとする。そして、その決めたことに対して、もし何かをやるとするなら、まあとりあえず検証でもしてみようかということになる。もし、当方が振って4の目が出たら、「ホラね」と言う。もし、当方が振った際に5の目が出たら、当方は絶句し通常は検証失敗となる。しかしこの場合は、定義を正しいと決めているので、「4の目が出ているが、何らかの事情で当方の眼には5の目が出ているように見えている」というのが、最初の定義に基づく言明となる。同席した友人が「僕の眼にも5の目が映っているよ」と言っても、最初の定義に基づいて、「4の目が出ているが、何らかの事情で君の眼には5の目が映っていて、たまたま当方と同じ5になっただけだ」という言明になる。すなわち、検証してみるのは自由だが、そもそも定義として正しいと決めたことについて検証するという行動自体が不適切と言える。じゃあ、検証することが有意義となるかもしれないケースというのは、最初の命題が「定義」ではなく「仮説」の場合だ。

この発想に基づいて先ほどの例を考えてみると、「1から6までの目から構成されるサイコロは、今後振るたびに4の目しか出ない」という命題を正しいとするのが「定義」であり、正しいかもしれないとするのが「仮説」である。翻って、「この世の全てのことは煎じ詰めれば分からない」のであるなら、あらゆる「定義」は有意義ではない。正しいと勝手に決めただけだからだ。この「定義」に対しては、検証も相応しくないし、そのほか何事もするべきことはないように思われる。一方「仮説」は、「その命題は、正しいかもしれないから検証してみぃ?!」と言っている。このことは、それなりの知能を持った生命体にとっては何らかの価値がありそうに思われる。しかして、「1から6までの目から構成されるサイコロは、今後振るたびに4の目しか出ない」という命題を「仮説」として検証してみると、この命題は正しくないことが判明する。もっとも、4の目がしつこく出た場合は、「もしかして、この命題は正しいのではないか」と思い始めるかもしれないが、早晩やはり間違っていることが判明するだろうと思われる。

また、例えば、「この毒は、10mgにて、全ての個々の人間を殺す」が常に正しければ「定義」としてもいいが、検証100人目のラスプーチン氏は驚異的な解毒作用によって死ななかったとすれば、やっぱ「仮説」にしておいてよかった、ということになる。そして「この世の全ての事柄は煎じ詰めれば永久に分からない」のだとしたら、全ての命題はとりあえず「仮説」としておいて、永久に検証し続ける以外ない、ということになる。要するに、何故そうなるのかが根本的に分からないかぎり、検証をやり続ける以外道はないのだ。この検証のための実験ばかりをしているのを「学問」とは通常言わないであろう。となると、この僅かばかり有用と思われる検証をし続けることを学問とは呼ばないなら、学問の立つ瀬は全くないということになる。

こうなると、学問はもはや、酔狂なる道楽にも見えてくる。登山家が「そこに山があるから登る」というのと学者や学生が「そこに学問があるから学ぶ」というのは、同等のように見える。山に登る究極の理由などないように、学問を学ぶ究極の理由などないように思われる。「学びたければ、ただただ学べ。ただし学ぶことに特段の意味など勿論ない」と。

※以下、思いつくままに・・・

何も学ばなくていい、ただ見守るんだ!(「何も訊かなくていい、ただ差し上げるんだ!」)
探求するな、記述せよ!(「考えるな、見よ!」)
分からないことは放っておけ!(「すげえものには手を出すな!」「べらぼうなやつは放っておけ!」)

左側は当方の言葉。右側(「・・・」)内はヴィトゲンシュタインのお言葉。

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2015年03月16日

放送大学3年次に編入学

放送大学の科目履修生として半年間お試し入学したが、このたび35年前に卒業した大学の成績証明書を取り寄せ、放送大学へ提出することにより全科履修生として3年次に編入学することにした。いやはや、あれから35年も経ってしまったんだねえ。光陰矢のごとし。さらに35年後には、もうめでたくシンデレラかもしれないなあ。

全科履修生は、2年で卒業することも出来るが、6年間在籍することもできる。当方は、卒業するしない(できるできない)は別にして6年間じっくり在籍したいと思っている。入学金は18000円なので、3000円/年、250円/月だから、めっちゃ安いんじゃない?! ただし、1学期につき最低一科目は取らなければならないので、6年間で最低138000円くらいは掛かることになる。23000円/年、約2000円/月。(もっとも、これでは卒業単位は全然満たされない。いや卒業する必要もないが。)

訂正:「一学期につき最低1科目は取らなければならない」と書いたが、間違いだったので訂正する。3学期間は科目を全く取らなくても学籍は維持され、4学期目に1科目でも取れば、またその後3学期間科目を取らなくても学籍は失われない。すなわち4学期連続で全く科目を取らなければ学籍を失う(もっとも、学籍を失っても、また入学金を支払えば再入学は可能である)。だから、6年間で138000円と書いたが、もっともっと少ない金額(入学金と3科目分の授業料)で6年間をやり過ごせる。ただし、6年間をやり過ごすために放送大学に入るわけではないだろうから、卒業を目指さないまでも、もう少し多くの科目を取るのが普通であろう。

放送大学で、果たしてどれだけ真に学びたいことを学べるかは何とも言えないところであるが、学んでみても良さそうな科目は幾らかあるようなので、とりあえず船出してみようといったところである。もっとも、学んだところで、せいぜい「なるほどー、そういうことか!」という程度のことだろうし、せっかく学んだ当方がいずれは死んでしまうことも事実だ。アカシック・レコードには記録されるのか知らないが、そうだとしてもそれだけのことだ。しかし、一時の道楽として、まずまずの存在意義を有しているようにも思われる。人間、死ぬまでの時間を何らかの事象で埋めなければならないのも事実であれば、能書き垂れてないで実践してみるのも一興かもしれない。やってみなはれ!

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2014年12月20日

「iPS細胞と遺伝子から生命の謎に迫る」(講師/加納圭)第3講(最終講義)

「生命とは何か」未だ答えのない謎に迫る

講義メモ

ブラウン運動 ロバート・ブラウン
ブラウン運動は、当初、生命に由来する現象と考えられた。
花粉でも削られた石や金属でも水に浮かべると動く。
水の分子によってランダムに動かされている。

生物と無生物の区別
生物の特徴 1.遺伝物質を持つ 2.膜によって仕切られている 3.自己と同じ構造を持つ個体を作る 4.体内で物質の合成や分解を行なう
ウイルスは? 1.遺伝物質を持つ 2.膜というよりタンパク質の殻の中に遺伝物質を持つ 3.自己と同じ構造を持つウイルスを寄生細胞に作らせる 4.寄生細胞内での物質の合成や分解を利用

タミフルは、ウイルスを寄生細胞内に封じ込める。初期に投与することで効果があり、汎用性も高い。
インフルエンザ予防接種は、ウイルスを直接叩くが、汎用性が狭く、ウイルスが違うと効かない。今年のインフルエンザ予防接種は、流行のウイルスに対して外れらしい。(当方、今年に限って3000円も払ってインフルエンザ予防接種をやったと言うに・・・)

こんなロボットは? 1.自身の設計図を持つ 2.金属で出来ている 3.自己と同じ構造を持つロボットを作る 4.自身で燃料の補給と消費を行なう
生命科学者→受け入れられない 化学者→いいんじゃないの 物理学者→どっちでもいいじゃん
ちなみに、生物学者は人も生物の一つにすぎないと考え、生命科学者は人を特別と考える。
また、生命科学者や特に心理学者は、魂・精神を重視するが、一方で脳科学などに擦り寄ってきている。
その人の最初のモチベーションによって、何学者になるか、どういう立場を採るかが決まるのではないか。

「細胞の不死化(癌)」と(多細胞)個体との関係→細胞の不死化は個体の死につながる(パラドックス)
(当方の考えは、細胞の不死化(癌)が直接、個体の死につながるのではなく、細胞の不死化(癌)が、臓器に不都合をもたらして死に至らしめるのではないかと思うので、パラドックスではないと考える。)

「個体の長寿化」と細胞との関係→よくわかっていない。長寿遺伝子研究、百寿者研究がさかん。
マウス、線虫、ショウジョウバエなど短命なもので研究が進んでいる。
1935年、カロリー制限によりラットの体重を半分程度に保つと寿命が延長されることが明らかにされた。
その後、マウス、魚、ショウジョウバエ、クモ、線虫、ミジンコなど多様な生物で、カロリー制限による寿命の延長が確認された。
また、2009年、線虫を用いた実験で、カロリー制限のほかに、数日に一回絶食を続ける断続的飢餓という方法も寿命の延長効果があることが発見された。
「カロリー制限模倣薬」の研究がされている→糖尿病治療薬、高コレステロール血症治療薬、降圧剤、免疫抑制剤など。
天然由来のサプリメントでは、レスベラトロール→ただし、寿命延長効果について論争が続いている。
百寿者の遺伝子研究が、百寿者のiPS細胞を作ることも含め、慶應義塾大学を中心に続けられている。

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    2010年12月12日 矢野沙織ブログへの投稿文18
    2010年12月22日 矢野沙織ブログへの投稿文19
    2011年02月18日 矢野沙織、ピンク・ボンゴに入隊
    2011年03月05日 偶然か必然か、矢野沙織と当方の「共時性」の物語
    2011年07月06日 矢野沙織、沖縄に逃げる!
    2011年09月22日 岡崎が「ジャズの街」とはこれ如何に?
    2011年10月16日 「ノンポリ、非国民、アナーキスト」の当方より矢野沙織ちゃんへ
    2012年05月19日 松本茜 名古屋ライブ @スターアイズ
    2012年06月02日 秋吉敏子 ソロコンサート @Libra in 岡崎
    2012年09月29日 大西順子引退?
    2012年10月20日 松島啓之 @スターアイズ in 名古屋(覚王山)
    2012年11月24日 森永理美 「But Beautiful」 評
    2013年04月01日 松島啓之・纐纈歩美 @スターアイズ in 覚王山
    2013年10月13日 今岡友美 Jazz Live in むらさきかん (2013/10/08)
    2013年10月27日 秋吉敏子 ソロコンサート @セントルイス in リブラ(岡崎市図書館交流プラザ)
    2014年01月19日 ジャズ講座 前田憲男ジャズを語る 〜ジャズとアレンジの深い関係〜
    2014年02月03日 松本茜、浜崎航、Valentine Jazz Live vol.5 @リブラ スタジオ1
    2014年02月16日 Vanilla Mood (岡崎市図書館交流プラザ、リブラホール)
    2014年05月11日 那王美(vo)&堤智恵子(sax)カルテット @スターアイズ(覚王山)
    2014年06月01日 もうひとりの纐纈っちゃん、纐纈雅代ライブ @インテルサット in 西尾市
    2014年06月15日 堤智恵子ライブ @Swing (新栄)
    2014年06月22日 太田AHAHA雅文ライブ @くすりやさん in 名古屋市中川区
    2014年06月26日 アリス=紗良・オット、フランチェスコ・トリスターノ @コロネット(シビックセンター)
    2014年09月07日 ジャズ講座「ベーシスト稲葉国光が見た日本のトップジャズメンたち」 @リブラ
    2014年09月13日 菅沼直&今岡友美 セプテンバージャズナイト @シビックセンター交流広場
    2015年01月18日 佐藤允彦ジャズ講座・60年代のジャズを語る、弾く 〜ジャズがマグマだった時代〜
    2015年02月14日 松本茜、浜崎航、Valentine Jazz Live vol.6 @リブラ
    2015年02月28日 Hyclad Concert (リブラ/岡崎市図書館交流プラザ)
    2015年07月04日 リブラ七夕ジャズライブ 森谷ワカ(p,v) レコードコンサートとミニライブ
    2015年09月04日 セプテンバージャズナイト 菅沼直カルテット&今岡友美 @シビックセンター
    2015年09月14日 エマニュエル・パユ フルート公開レッスン @シビックセンター
    2015年12月24日 矢野沙織 Bubble Bubble Bebop Live Tour 2015 Second Round@スターアイズ
    2015年12月27日 山中千尋トリオ バースデイライブ2015 冬 @スターアイズ
    2015年12月31日 纐纈歩美 @スターアイズ
    2016年01月17日 「ジャズを語る」【第1回:雑食音楽=ジャズ】講師/佐藤允彦(ジャズピアニスト)
    2016年02月20日 片倉真由子、浜崎航、Valentine Jazz Live vol.7 @リブラ
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