本日「昭和のあゆ」こと、いしだあゆみを取り上げることの喜びをひしひしと感じている次第です(「昭和のあゆ」とは、平成の歌姫のひとりである「浜崎あゆみ」が出現してからの一部好事家の方々による命名だと思います)。私は、EPレコード「喧嘩のあとでくちづけを」と「砂漠のような東京で」の2枚を持っていたはずなのですが、どこかに埋もれてしまっていて見つかりません。
初期のいしだあゆみさんと言えば、ハウス・バーモントカレーのコマーシャルや、♪どこかで微笑む人もありゃ どこかで泣いてる人もある あの屋根の下 あの窓の部屋 いろんな人が生きている♪と主題歌で歌われたテレビドラマ「七人の孫」に出演されていたのが、記憶に残っております。
さて今回、上掲画像の2枚組みCDを購入して聴いてみると、昭和43〜50年のシングルA面を収めたDisc-1の曲は、ほとんど知っていて、実に懐かしく聴くことができました。いしだあゆみさんの一番のヒット曲といえば、もちろん「ブルーライト・ヨコハマ」ということになるのですが、これだけ多くの曲を私が今懐かしく聴くことができるということは、当時いしだあゆみさんが数々のヒット曲を連発していたことを、今さらながらですが証明しているのだと思います。
いしだあゆみさんの歌の歌詞によく出てくるのは、「あなた」と「くちづけ」ですが、それはともかくとして、あゆみさんの歌の魅力は、何と言ってもやや高音部の「かすれ」ではないでしょうか。しかし「かすれ」という十羽ひとからげ的な言い方は、あまりにも安易な表現で、あゆみさんに限らず各歌手の真骨頂に属する部分の魅力を言葉で表現するのは、そもそも困難であり、実際に聴いて実感する以外、方法がありません。例えば、「喧嘩のあとでくちづけを」を例に挙げれば、二番の歌詞の♪鏡の上にそっと あなたの悪口を♪の『あ』のかすれたと言うか、やや抜けた感じの「一音」に彼女の歌の魅力が集約されているように思います。まさにゾクゾクッとする瞬間です。
余談ですが、もう6〜7年くらい前のことですが、太田裕美さんの公式サイトの中に、今は無き大変フレキシブルな書き込みスタイルの掲示板がありました。私は、あのようなスタイルの掲示板を、その後見たことがありません。文字をかなり小さくして、仕切り線ひとつ無い真っ白な一つの画面に、クリックすることなく全てのツリーの書き込み全てを表示させるタイプです。したがって、ずっと下のほうまでスクロールしなければなりませんが、クリックせずに全ての書き込みを見渡せるという優れもので、何とも言えない臨場感がありました。ときどき、「コンサート会場に爆弾を仕掛ける」だの、「今度コンサートで裕美が音をはずしたらタダじゃ済まない」などという不穏な書き込みもありましたが、それだけインパクトのある掲示板でした。
私は、あの掲示板が続いていたなら、太田裕美の人気は、インターネットを通じて、もっと日本中の多くの世代に広がっていただろうと、極めて残念に思っています。管理人さんが、読者たちのある要望に対して癇癪を起こして、「私は手弁当で運営しているのだ云々」と感情的な書き込みをして、しばらくして何の前触れもなく突然掲示板が無くなってしまったのです。そのとき、私は丁度ラスベガスに行っていて、ホテルでこの掲示板をチェックしようとしたところ、きれいさっぱり無くなっていて愕然としたのを覚えています。その後、私は、他の太田裕美系掲示板で、彼のことを皮肉交じりに「手弁当氏」と呼び続けたのでありました。
そういえば、掲示板が無くなってしばらくの頃、この太田裕美の公式サイトでやっていた「ヒロミック・カフェ」という裕美さんがパーソナリティーを務めるインターネット・ラジオで、裕美さんが、スタッフのことを「みんな手弁当でやってるんだから」とか何とか、やや唐突に「手弁当」という言葉を用いたことがありました。これは、きっと、私が掲示板の管理人さんを「手弁当氏」と呼んでいたことを意識した発言に違いないと、当時私は、密かにほくそえんでいたことを思い出します。
さて、このすばらしい掲示板がまだ存在していたとき、私が裕美さんの「Nenne(ネンネ)」(アルバム「海が泣いている」所収)という曲の中の「だから」の「だ」の一音がすばらしいと発言したところ、皆さんが賛同してくださり、ある日その中の一人の方が掲示板に、「今日は、Nenneの『だ』を聴きに、早めに退社します」と会社の帰りがけに投稿されたことがありました。私はすかさず、「『だ』の一音を聴かんがために退社する人が居ますよ。歌手冥利に尽きるってもんじゃないですか」と投稿したのを、何年も経った今でも鮮烈に覚えています。
さて、「一音」に関する余談が長くなってしまいましたが、いしだあゆみさんの曲の中で、「ん? この曲は、平山三紀さんが歌ったほうがいいんじゃないか」とか、「ん? この曲は、西田佐知子さんの歌唱法に実に似ている」などと思った曲がありましたので、言及しておきたいと思います。ちなみに平山三紀さんがカバーしているあゆみさんの曲としては、「さすらいの天使」(全く同じ曲だが、平山三紀では「マジック・ロード」という曲名)がありますが、この曲については、私は、オリジナルのいしだあゆみさんの歌唱に軍配を上げたいと思います。さて、私が平山三紀さんが歌ったほうが良かろうと思った曲というのは、「家路」(橋本淳・筒美京平)という曲です。この曲調は、あゆみさんよりも三紀さんが平山節とあの声で歌ったほうがいいのではないかと思いました。また、「時には一人で」(喜多條忠・筒美京平)という曲は、曲調といい、歌唱法といい、西田佐知子さんを彷彿させるものがありました。あゆみさんの歌唱も全くもって悪くありませんが、この曲は西田佐知子さんが歌えば、より魅力あるものとなったのではないかと思ったりします。
それでは、私の好きな、いしだあゆみさんの曲を挙げておきたいと思います。
「今日からあなたと」「生まれかわれるものならば」「恋は初恋」「昨日のおんな」「喧嘩のあとでくちづけを」「時には一人で」「まるで飛べない小鳥のように」「哀愁」「止めないで」「何があなたをそうさせた」「家路」「待ちわびても」「渚にて」「美しい別れ」「おもいでの長崎」「涙の中を歩いてる」「あなたならどうする」「さすらいの天使」「星のタンバリン」「天使の足音」「ブルー・ライト・ヨコハマ」「MILD NIGHT」「ちょっと淋しい春ですね」「波になって」「六本木ララバイ」「太陽は泣いている」「砂漠のような東京で」「幸せだったわありがとう」など
※この下に、アマゾンの商品の紹介リンクがありますが、見れない場合は、インターネットセキュリティーをオフにしてみてください。



女優としては何といっても岡田桐子!メリルストリープを超えていた。
最近は芋タコなんきんでしか記憶にないが・・・
親友小川知子との共演は絶品です。金妻1と3
またみたい共演ドラマ!
コメントをありがとうございます。
二十年以上前のことですが、私が塾の講師をしていたころ、朝礼で毎日講師の誰かが交代で数分間スピーチをするということになっていました。ある日、若い女性講師が二三日前に観たいしだあゆみさん出演の映画「時計」について話し始め、よほど気に入っていたのか時間をオーバーして語り続け、ほとんど荒筋がわかってしまうほどでした。話がやっと終わり、司会の講師は「これでもう観やんでいい(笑)」と言いました。私もその言に従ったわけではありませんが観ていません。よくよく考えてみると、いしだあゆみさんの演技ってあまり観てないような気もします。金妻もあまり観なかったし。再放送でもあれば観たいですね。女優として花開いたいしだあゆみさんですが、私の憧れは、子供心と共に歌手いしだあゆみで終わっているのでしょうね、きっと。
少女マンガに出てくるような星きらめく眼差しで客席を見つめながら凛として歌ういしだあゆみさんの姿には、誰しも目を釘付けにされるほどのスター性がありました。
歌手としてヒットする前から、テレビドラマ「七人の孫」にも出演されており、歌手と役者どちらが主ともつかない多才なタレント性は、後年女優として花開きましたが、一番声の美しい時期に歌手として活躍されたことは、実に幸運だったとも思います。
いしだあゆみさんの最も目くるめく華やかな黄金期は、やはりヒットを連発していた若き頃の歌手時代ではなかったかと思います。ヒット歌手の命は総じて短いものです。生涯歌を歌い続ける歌手も立派ですが、もう一つの才能を開花させたいしだあゆみさんも素晴らしいですね。