2011年01月28日

「知性の限界」をざっと読み終えました

「知性の限界」をざっと読み終えました。小難しくてわかりづらい部分もありましたが、大方楽しく読むことができました。ちなみに、「理性の限界」と「知性の限界」の両著は、「仮想シンポジウムの出席者たちが話し合う」という形式を用いた高橋昌一郎さんの著述ですが、それはファイヤアーベントの「知についての三つの対話」の著述形式と同様です。高橋さんが、意図的に「知についての三つの対話」の形式をパロディのように用いたものと思われます。

そもそも流れとしては、当方が「入門!論理学」(野矢茂樹著)を購入したときに、その脇に平積みされていた「理性の限界」と「知性の限界」をチラと立ち読みし、ついでにそれらも購入したことから、ファイヤアーベントという人物を知り、興味を持ち、図書館で「知についての三つの対話」と「哲学、女、唄、そして・・・」を借りた、というものでした。

   

    

そして、当方が以前から言っている「あるがまま」「どうでもいい」という言明が、ファイヤアーベントの「Anything goes!(何でもかまわない)」という言明と内容的にかなり似ている、ということを大方確認することができました。

そして、「Anything goes!(何でもかまわない)」も「あるがまま、どうでもいい!」も、ほとんど反駁できない究極的な言明であると思われるため、いつまでも、その言明(思想)の裏づけをしたり説明をしたりし続けるのは野暮というものであり、むしろ「宣言する」という形をとったほうがよろしかろうと合点したわけです。

哲学談義は、不毛であるかどうかは別として幾らでもできますが、まあ切りがないと言えば切りがないわけで、やっている最中は少しはワクワクして面白いのですが、一段落した後は何となく「虚しさ」が残る感じもあります。

その哲学談義の「虚しさ」を解消するための便法として、哲学をいわば封印し、「あるがまま」という思想のもと、既に起こったことを全肯定し、はたまた自由を束縛する権威的な既成概念に対しては、「どうでもいい」と言い放つ。

何故、「どうでもいい」と言い放つのか。「どうでもいい」なんて言わずに、その根拠を示して言明Aを否定すればよろしかろう、と思われるかもしれません。

しかし、当方が言いたいのは、言明Aを否定するための根拠を当方が持っているということではなく、「何故あなたは、そんなに確信を持ってAと言えるのか、A以外の可能性を真面目に考えたのか、もし考えたのならそれについてもちゃんと説明してくれ」という主張なのです。

誰かが何かを言うたびに、「君は、ずいぶん自信を持ってそれを表明しているようだが、何故そんなに明確にそれが言えるのかね。それ以外に、あれやあれやあれなどもありそうに思うんだが、それらについてはどうなっているのかね。まさか、あれらの可能性について考えもしなかったわけじゃないだろうね。君がそんなに自信を持って言う以上、当然あれらの可能性も考えたんだろうから説明してくれたまえ。」・・・なーんて一々、長々と、言ってられませんので、ひと言「どうでもいい!」(何でもかまわない)とアイロニカルに言い放つのです。

まあ、もっとも、「そんなふうに言われたら、細大漏らさずあらゆる可能性に言及しなければならなくなり、そもそもそんなことはできないわけだから、叫んだり何かわけのわからない呪文を唱えたりする以外は、何一つ言えなくなるじゃないか」とおっしゃるでしょう。基本的にはそのとおりなのですが、それではあまりに実も蓋もない話なので少し譲歩すれば、「何かを言明するのであれば、せめて知的良心をできる限り発揮して言明して欲しい」ということです。もしその言明が「あてずっぽ」なら「あてずっぽ」と前置きしてから言ってもらいたいということです。

あーあ、またしても「あるがまま、どうでもいい!」について説明しちゃったじゃないの。

なになに、それ(また説明しちゃったこと)もまた「あるがまま」だし、ちょっと別の意味で(というか本来の意味で)「どうでもいい」って? こりゃまた一本取られましたなあ!
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2011年01月26日

例えば「大数の法則」について

大数の法則は、数学的には「証明」されているとのことですが、そのことは「何故大数の法則が起こるのか」を説明するものではありません。その作用機序が明らかでない限り、大数の法則は、極めて確からしいと直感してはいますが、100%は確信するには至りません。

この「100%は確信できない」ことは、「神様が居てコインの裏表を操作している」と仮定するだけで事足ります。「誰もコインの操作をしていない」ことが明らかにならない限り、経験的には滅茶苦茶確からしくとも、100%は確信が持てません。

でも、100%は確信できないからといって、「表が出たら100円もらえて裏が出たら50円取られる。そして好きなだけ続けられる」というゲームをしない手はありません。このゲームをするということは、大数の法則を一応「仮説」と捕らえて、それを検証するという作業になります。

しかし、厳密には大数の法則は検証できたことにはなりません。仮にこのゲームを続けて行き、10万円儲かったとしましょう。でもそれで大数の法則が厳密に検証されたわけではありません。すなわち、いつまで経っても大数の法則は検証されません。急にある時点で神様が裏ばかり出すことを決意するかもしれません。

そんな「気まぐれな神様」が居ないことを祈念しつつ、そのゲームをやるしかありません。大抵は、1万円も持っていて、ある程度の回数を消化すれば、それ以降いつそのゲームを止めても勝っているでしょう。だから、そうなることを信じてそのゲームをやるでしょう。

もし万が一、大数の法則が悪いほうに崩れて損したとしても、それは「あるがまま」であり、「大数の法則が崩れるなんてあり得ない!」とは言えません。大数の法則の背景にある作用機序が全て明らかでない限りは、現実を受け入れるしかありません(内心は不思議に思うでしょうけど、不思議と言う以上、そう思う理由が必要です。まあ精一杯の理由としては、「今まで有効だったものがどうして急に!」と言う程度でしょう)。

未来には、どんな幸運が、どんな不幸が待っているかわかりません。いかなる幸運もいかなる不運も享受し、いわば神の御心のままに「死ぬまで生きる」しかない所以であります。「あるがまま、どうでもいい」とは、まあそういったことです。あっ、ファイヤアーベントが「Anything goes!(何でも構わない)」の裏づけをいつまでもやっているみたいに、当方もまた「あるがまま、どうでもいい!」を説明しちゃったー。急いで「宣言」に切り替えよっと。

当方「あるがまま、どうでもいい!」<宣言> (遅いってか!?)

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理論は本で、実践は実例で・・・

「ピロリ菌」について書いていくと申しておりましたが、それなりの量になりそうなので、正直なところ、ちょっと面倒くさくなって参りました。前言を翻して申し訳ありませんが、興味のある方は、次のような本により各自学習されてください。ちなみに、当方の「ピロリ菌との戦い」は、今後もお伝えできるかと存じます。理論は本で、実践は実例で・・・。

総花的に基本知識を得るために

 

乳酸菌LG21入りヨーグルトに興味のある方は



実際に薬剤で除菌を考えている方は



これまでのマヌカハニー摂取経緯

2011/01/19 マヌカハニー4回摂取 7.5ml、5.0ml、5.0ml、5.0ml
2011/01/20 マヌカハニー4回摂取 7.5ml、5.0ml、5.0ml、5.0ml
2011/01/21 マヌカハニー3回摂取 7.5ml、5.0ml、5.0ml
2011/01/22 マヌカハニー2回摂取 7.5ml、5.0ml
2011/01/23 マヌカハニー2回摂取 5.0ml、5.0ml
2011/01/24 マヌカハニー2回摂取 5.0ml、5.0ml
2011/01/25 マヌカハニー2回摂取 5.0ml、5.0ml


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2011年01月23日

「知についての三つの対話」をさらっと読みました

当方、科学史の知識もないし、込み入った内容についていくための論理保持力もありません。年とともに根気も無くなってきているので、わからないところを何度も読むことによって何とか理解しようともせず、一回読めば分かることだけを分かればそれでよしとしてしまう傾向が顕著です。

とは言え、ファイヤアーベントの主張の底流に流れる骨子は理解できたと思います。簡単に言えば、「科学を単純に信じるわけにはいかない。多様な解釈があり得る。」ということだと思います。

ファイヤアーベントについて、互いに表裏一体ですが、当方の好みに合う部分と合わない部分があります。

当方の好みに合う部分は、「Anything goes!(何でも構わない)」という言葉から当方が直観した部分であります。すなわち、彼の科学に対する立場(哲学的思想)です。これは、当方が普段から言っている「あるがまま。どうでもいい」と相通ずるものがあり非常に共感できます。

一方、好みに合う部分と表裏一体である好みに合わない部分について述べます。彼の全面的な懐疑主義は、いわば反駁不可能と思われる一つの思想であり、それを彼の広範な科学や哲学の知識を動員して、いろいろな例を用いて説明していますが、その哲学的思想は、しばしば科学主義をこき下ろすこともあるわけで、インパクトがあり痛快でもあります。しかし当方は、彼の主張には共感しつつも学問的にはつまらない、という印象を持ちます。もっとも、構造的にそうならざるを得ないので仕方ないことではあります。

ファイヤアーベントが、この大いなる思想「Anything goes!」の裏づけをいつまでもやっているのはどうかなと思います。当方も確かに、「あるがまま、どうでもいい」を時に説明しようとはします。しかし、これはもう、ほとんど誰も反駁できない究極のお題目のようなものであると思われ、いわば荘子が「世界は全て蝶の夢かもしれない」と言うのを誰も反駁できないしそれ以上言及しても始まらないのと同じことです。すなわち、ファイヤアーベントは「Anything goes!」と、そして当方は「あるがまま、どうでもいい」と宣言して終わり、というのがよろしかろうと・・・。そして、そんなことより、何らかの具体的な仮説を検証することのほうが楽しかろうと・・・。

余談になりますが、ファイヤアーベントは、この本の中で(「知についての三つの対話」102ページ)、自分が学んだ師匠のカール・ポパーを哲学者なんかじゃなくて形式的衒学者だと批評しているくだりがあり、むしろ自分はヴィトゲンシュタイン的と言っています(もともと彼はヴィトゲンシュタインのもとで学ぼうとしていた矢先にヴィトゲンシュタインが亡くなったので、ポパーのもとで学ぶことになったという経緯もある)。さらにこう言っています。「僕の論文にはたくさんウィトゲンシュタイン的なところがあるが、もともとウィトゲンシュタイン主義者は自分たちの後継者を求めもしないし、その必要も感じていない。だから僕のことを、自分たちの仲間だなんて宣伝しないだけだよ。」と。

この部分を読んで、当方の脳裏に浮かんだことは、和尚ラジニーシのグループです。和尚ラジニーシについては、以前に言及したことがあります→コチラ。和尚ラジニーシのグループは、誰も束縛しません。教義もなければお誘いもありません。そのため当方、本との出会いからずっとコミットしつつも、14年間和尚の弟子(サニヤシンと呼ぶ)にはなりませんでした。ファイヤアーベントがウィトゲンシュタインの許で学ぼう思ったときにウィトゲンシュタインが亡くなったのと同様に、当方が1991年にインドへ行きサニヤシンになったときは、ラジニーシは既に遷化していました(このあたりが当方の機を見るに敏ならざるところです)。サニヤシンになるというと大変な決断のように思われるかもしれませんが、少なくとも当方は、いたって気楽にサニヤシンになりましした。そして、いまだに何の束縛もなく、何の交流もなく、いわばパートタイム・サニヤシンを続けていられるというわけです。

当方、大学時代にヴィトゲンシュタインよりは少し後ですがほぼ同時期にバグワン・シュリ・ラジニーシを高田馬場の芳林堂書店の本で知りました。「存在の詩」「究極の旅」「草はひとりでに生える」「あなたが死ぬまでは」(他にも多数あり)といった本でした。ちなみに、ラジニーシは、「究極の旅」の中でヴィトゲンシュタインに言及しています。

西洋の最大の哲学者のひとり
ルードウィッヒ・ウィットゲンシュタインは
禅の態度に非常に近づいた人だ
ほとんどその扉を彼は叩いた
彼は言う
「神秘なのは
世界の中でものごとがどうなっているかではない
それが存在するということだ」
世界が在るということ
それこそ本当の神秘なのだ
あなたがどうここにいるかじゃない
あなたがどうやってここに来たかでもない
あなたがここにいる目的でもない
ただあなたがここにいるという事実
それこそが最大の神秘なのだ
ただあなたがいるという
私がいるというその事実こそ、最大の神秘なのだ
そして、答が言葉にならないとき
問いもまた言葉にはならない

それはこんな話を思い出させる
ある男が仏陀のところへやって来ると言った
「どうか私の質問に、言葉を使わないで答えてください
と申しますのも、昔語りで
その答えは言葉にならないようなものだと聞いていますもので」

仏陀は笑ってこう言った
「もちろんだ
あなたは正しいことを聞いた
だが、あなたの質問を言葉を使わずにしてごらん
そうしたら、私は
その質問に言葉を使わないで答えよう」
すると、その男は
「それは不可能です」と言った
それから、彼は理解した
もし質問が形にならないものだとしたら
どうしてその答が形になる?
もし質問それ自体が表明されえないものだとしたら
どうして答を要求することなんかできる?

ウィットゲンシュタインは正しい
そして、解答が言葉にならず
質問もまた言葉にならないとき
そのなぞなぞは存在しない
問いも言葉にならなければ、答えも言葉にならない
そうしたら、どこになぞがある?
どこに問題がある?
これはすさまじい洞察だ
問題は存在しない
それは<心>によってつくり出されたものにすぎない
それは心の創作だ
いやしくも問いが組み立てられ得るものならば
それに答えることもまた可能だ

誰かがウィットゲンシュタインに尋ねた
「それならばなぜあなたは
あんなに素晴らしい本を書き続けるのですか?」
彼の著作「論理哲学論考(Tractatus Logico Philosophicus)」は先頃
人類史全体で最も偉大中の偉大な書物のひとつとして絶賛された
「もし質問が形にならず、答えも与えられないとしたら
なぜあなたは本を書き続けるのですか?
どうしてなのです?」
彼は言った
「私の叙述は
次のような形でひとつの解明としての役割を果たす
誰であれ私を理解した人は
結局のところ、それらをナンセンスなものとして認識する
その人はそれらを
それらの向こうへ登って行くステップとして用いたのだ
それを登ってしまった彼は
彼はその梯子を言わば投げ捨てなければならない」

あなたが理解した瞬間
私がしゃべっていることもまたナンセンスなものだ
もしあなたが理解しなかったら
そのときは、それは意味深長に見える
一切の意味は誤解によるものだ
もしあなたが理解したら
一切の意味は消え失せる
ただ生のみがある
意味というのは<心>のものだ
ひとつの心の投影
心の解釈にすぎない
そうしたら「バラはバラでありバラである」
こんな言葉すら存在しない
どんな名前も
どんな形容詞も、どんな定義もつかない
ただのバラ
ただ生だけがある
突如として、どんな意味もなく
どんな目的もなく
そして、それこそ
悟るべき最大の神秘にほかならない

だから、意味というのは本当の探索じゃない
本当の探索とは<生>それ自体に対面することだ
生(なま)の、裸の<生>そのものに

あらゆる問いはある意味では愚かしい
そして、あらゆる答えもそうだ
あらゆる問いはある意味で愚かしい
それは、それらがみな心によってつくられたものであり
心というのは
あなたと<本当のこと>との間の障壁にほかならないからだ
そうして、心は質問をつくり出し続ける
それは探索を遅らせる
それは、そんなにたくさんの質問をしているからには
貴方は偉大な探求者だと言ってあなたを確信させる
だが、そうやって質問ばかりしているために
あなたは自分のまわりに雲を寄せ集めているのだ
まず、あなたが質問をする
そうすると、その質問があなたを取り巻くだろう
すると今度は、あなたは何か答えを得はじめる
そうすると今度は、答があなたを取り巻くだろう
そして、あなたと生(なま)の、野生の、裸の生との間には
つねにひとつの障壁が残ることになる
在るそのもの
それは問いでもなければ答えでもない
それはひとつの啓示だ
<心>がなくなったとき
それはあなたに示される
それはただただそこにある
その一切の栄光のうちに顕現している
その全体性のうちに用をなすばかりだ

だが、人間は質問をし続ける
そして、彼の目には
この質問すると言うことが何か偉大な探索であるかのように映る
そうじゃない
あらゆる問い
あらゆる答え
あらゆるゲーム
すべてゲームだ
もしお望みならそれで遊んだっていい
だが、それらを通じては何ひとつ解決することはない
そして、人々は
彼らの人生の最後の最後まで質問をやめない


ちなみに、ヴィトゲンシュタインに言及している本として他に、「神狩り」(山田正紀)や「宗教と反抗人」(コリン・ウィルソン)などがあることを付記します。

今後、オショー(バグワン・シュリ・ラジニーシの晩年の呼び名)に言及することが多くなるかもしれません。それから、一回行ったきりでもう二十年もインドのプーナ(プネーともいう)のアシュラムにも行っていないので、パートタイム・サニヤシンではあっても、そのうち行きたいような気持ちもあります。あと、国内のサニヤシンとの交流も取り戻しつつ当方の晩年を迎えて行きたい気もします。

そうそう、国内のサニヤシンで思い出したことがあります。当方、まだサニヤシンになっていない頃、失恋して(アンタが!?失恋!?)傷心のままサニヤシンたちの溜まり場を訪れたとき、そのことを話すと、みんなが揃って「おめでとう!」と言ったので、ぶったまげた記憶があります。どういう感覚の持ち主たちなんだと・・・。でも、よくよく考えてみれば、素晴らしく前向きな言葉ですよね。他にも思い出せばいろいろ出てきそうなので、またおいおいお話し致しましょう。

   

   

   

   

   

   



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2011年01月22日

マヌカハニーの摂取量をさらに減らします

マヌカハニーに含有されるメチルグリオキサールに関するネット上の記載は、端的に言うと賛否両論で、わけが分かりません。恐らく「有効性」と「毒性」が共存しているというのが真相ではないかと思われます。「不安なら止めれば・・・」となるかもしれませんが、それでは当初の「ピロリ菌の除菌」の可能性が無くなってしまいます。ただ、「毒性」も軽視することはできないでしょう。

既にその考えから先日、下記のように摂取要項を変更しました。

回数/1日3回。起床時、昼間の空腹時に1回、就寝時。
分量/就寝時7.5ml、昼間の空腹時1回5.0ml、起床時5.0ml

このペースで1ボトルを消費し、その後2週間休止する。

尿素呼気検査を受ける。

尿素呼気検査が相変わらず陽性を示せば、その数値によって(ちなみに前回検査では9.4‰)、その後マヌカハニーを続けるか続けないか、続けるならどのような摂取方法で続けるかを、検査結果が出た時点(マヌカハニー1ボトル消費後、約3週間後)で判断する。また、マヌカハニーを続けないという決定をした場合は、おそらく「医療的な除菌」を行なうことになると思う。

尿素呼気検査が陰性(擬陰性も含む)になれば、その後は基本的にマヌカハニーの量を減らすか、活性強度を落とすか、その両方を行なうかして、なるべく経済的にマヌカハニーの摂取を続けていきたいと思う。さらに、折に触れ尿素呼気検査、血液検査によるピロリ菌検査・ペフシノーゲン検査、経鼻内視鏡によるピロリ菌検査(迅速ウレアーゼなど)及び慢性胃炎の具合などを経過観察していく。


今回、念のため、直感的に、さらに摂取量を減らします。変更箇所は青字の部分です。

回数/1日回。昼間の空腹時に1回、就寝時。
分量/就寝時5.0ml、昼間の空腹時1回5.0ml

このペースで1ボトルを消費し、その後2週間休止する。

尿素呼気検査を受ける。

尿素呼気検査が相変わらず陽性を示せば、その数値によって(ちなみに前回検査では9.4‰)、その後マヌカハニーを続けるか続けないか、続けるならどのような摂取方法で続けるかを、検査結果が出た時点(マヌカハニー1ボトル消費後、約3週間後)で判断する。また、マヌカハニーを続けないという決定をした場合は、おそらく「医療的な除菌」を行なうことになると思う。

尿素呼気検査が陰性(擬陰性も含む)になれば、その後は基本的にマヌカハニーの量を減らすか、活性強度を落とすか、その両方を行なうかして、なるべく経済的にマヌカハニーの摂取を続けていきたいと思う。さらに、折に触れ尿素呼気検査、血液検査によるピロリ菌検査・ペフシノーゲン検査、経鼻内視鏡によるピロリ菌検査(迅速ウレアーゼなど)及び慢性胃炎の具合などを経過観察していく。


これまでの摂取経緯

2011/01/19 マヌカハニー4回摂取 7.5ml、5.0ml、5.0ml、5.0ml
2011/01/20 マヌカハニー4回摂取 7.5ml、5.0ml、5.0ml、5.0ml
2011/01/21 マヌカハニー3回摂取 7.5ml、5.0ml、5.0ml
2011/01/22 マヌカハニー2回摂取 7.5ml、5.0ml

今後は毎日、「マヌカハニー2回摂取 5.0ml、5.0ml」で1ボトル無くなるまで続けていく予定。


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2011年01月21日

マヌカハニー摂取要項の変更

先日の記事で、マヌカハニーの摂取要項を次のように述べました。

回数/1日4回。起床時、昼間の空腹時に2回、就寝時。
分量/就寝時7.5ml、昼間の空腹時2回それぞれ5.0ml、起床時5.0ml

このペースで3ボトルを消費し、その後2週間休止する。

尿素呼気検査を受ける。

尿素呼気検査が相変わらず陽性を示せば、基本的に除菌治療を行なう。

尿素呼気検査が陰性になれば、その後は基本的にマヌカハニーの量を減らすか、活性強度を落とすか、その両方を行なうかして、なるべく経済的にマヌカハニーの摂取を続けていきたいと思う。さらに、折に触れ、血液検査によるピロリ菌検査・ペフシノーゲン検査、経鼻内視鏡によるピロリ菌検査(迅速ウレアーゼなど)及び慢性胃炎の具合などを経過観察していく。


その後、昨日(2011/01/20)まで、上記要項どおり次のようにマヌカハニーを摂取いたしました。

2011/01/19 マヌカハニー4回摂取 7.5ml、5.0ml、5.0ml、5.0ml
2011/01/20 マヌカハニー4回摂取 7.5ml、5.0ml、5.0ml、5.0ml

※下記の摂取要項は、さらに変更しました。(2011/01/22) → マヌカハニーの摂取量をさらに減らします

今回、次のように摂取要項を変更いたします。変更箇所は青字の部分です。

回数/1日回。起床時、昼間の空腹時に回、就寝時。
分量/就寝時7.5ml、昼間の空腹時回5.0ml、起床時5.0ml

このペースでボトルを消費し、その後2週間休止する。

尿素呼気検査を受ける。

尿素呼気検査が相変わらず陽性を示せば、その数値によって(ちなみに前回検査では9.4‰)、その後マヌカハニーを続けるか続けないか、続けるならどのような摂取方法で続けるかを、検査結果が出た時点(マヌカハニー1ボトル消費後、約3週間後)で判断する。また、マヌカハニーを続けないという決定をした場合は、おそらく「医療的な除菌」を行なうことになると思う。

尿素呼気検査が陰性(擬陰性も含む)になれば、その後は基本的にマヌカハニーの量を減らすか、活性強度を落とすか、その両方を行なうかして、なるべく経済的にマヌカハニーの摂取を続けていきたいと思う。さらに、折に触れ尿素呼気検査、血液検査によるピロリ菌検査・ペフシノーゲン検査、経鼻内視鏡によるピロリ菌検査(迅速ウレアーゼなど)及び慢性胃炎の具合などを経過観察していく。


参考までに、変更の理由を述べておきたいと思います。

マヌカハニーに含まれ一応有効物質とされている「メチルグリオキサール」の人体への作用機序が、まだ医学的・薬学的に解明されておらず、経験に基づいて有効物質とされているに過ぎないという点です。また、メチルグリオキサールの毒性を指摘するネット上の記事も散見されます。

このことについては、販売者の方にメールで質問し、長文の丁寧なお返事をいただいています。ただ、私信に属しますので、常識的には、それを全文ご紹介するのは差し控えなければならないでしょう。それゆえ、お返事メールの結論部分だけを要約します。

「MG(メチルグリオキサール)は毒性物質であるにも関わらず、生体の恒常性維持に大きな役割を果たしていることは事実であり、少なくともMGの摂取によって健康を害するものではないことは、古来から経験的に有用物質として継続的に存在していることが大きな証と言える。この物質につき事実が解明されるのはまだまだ時間がかかると思われるが、マヌカハニーの摂取が人体にとってマイナスになるのであれば、当然淘汰され現在まで有用食品として存在していない。現段階では残念ながらこの程度の案内しかできないが、安心して日々の健康維持にお役立ていただきたい。」

さて、この販売者さんからは、当初ニュージーランドから国際電話をいただき、その後二度、丁寧な長文メールをいただいていますが、その終始一貫した誠実な姿勢を、当方高く評価しています。

それは、まさにそのとおりでありますが、「毒をもって毒を制する」ホメオパシーの医療概念を考慮に入れたとしても、MGが何らかの毒性を有していると思われる以上、当方、長期的な過剰摂取は控えなければならないと判断いたしました。

また、当方が購入したマヌカハニーは、この販売者さんが現在販売している4種類の商品の中でMG含有量が最も少ないものですが、それでも他の恐らくあらゆる業者さんより含有量が多い商品です。他の業者さんの現行の最高値は、活性強度25+、MG550+というものです。当方が購入した商品は、活性強度27+、MG700+です。

ちなみに、この「活性強度」や「MG含有量」などが取り沙汰されている背景については、昨今いろいろ複雑な状況があるようです。当方もまだ詳しくは知らないので、その件に関しては、またの機会に譲りますが、とりあえず二人の学者の名前を挙げておきます。ニュージーランド・ワイカト大学のピーター・モランさんとドイツ・ドレスデン大学のトーマス・ヘンレさんのお二人です。

posted by frugal gambler at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ピロリ菌を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月19日

マヌカハニーでピロリ菌除菌にトライ

ピロリ菌が当方の胃の中で蠢(うごめ)いているのを見たわけではないですが、先日の記事で触れたように、3つの異なるピロリ菌検査が全て陽性であったことから、当方の胃には、ほぼピロリ菌が居るだろうことが間接的に確認されたと思います。

まずはマヌカハニーでピロリ菌の除菌に挑戦してみることは既にお伝え済みですが、早速マヌカハニーが送付されてきましたので、今後の方針を述べたいと思います。

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上記ボトルラベルを見ると、Direction(使用法)として、3 dessert spoons twice a day(1日に2回デザートスプーン3杯)とありますが、メールで別途、販売者の方から、飲み方の目安をご指導いただいていますので、そちらに準拠したいと思います。   

ターゲットがピロリ菌や腸内有害菌類である場合の効果的方法としまして空腹時にお買い上げ品を小匙1杯から2杯をそのままお召し上がりいただきその後30分間は水分をお摂りにならないで下さい。 1日3〜4回(食前30分〜1時間前と就寝直前)を目安にしていただき、特に効果的方法として就寝直前に本品を歯肉に塗布するようにお召し上がりいただきその後、再度のブラッシングは必要なく (従来の考えでは信じ難いことですが) そのままお休みになりますと就寝中の口内有害菌が殺菌され、翌朝、非常に爽やかで口臭などもなく口内有害菌による炎症もおさまり朝のブラッシングで出血などがない事が分かります。 そして、胃腸内に達した本品はピロリ菌や腸内有害菌類の殺菌、静菌をします。(就寝前の摂取は本品の糖分により虫歯などのご心配をされる顧客様がおいでになりますが、これは全く逆で虫歯の原因菌とされるミュータンス菌にも充分な感性⇒抗菌活性力を示し当地ニュージーランドの小学校では児童の虫歯予防に抗菌活性を有するマヌカハニーを与える指導を行っています。 また、こうする事によって口内疾患、虫歯予防、扁桃腺炎などにも効果があり風邪など諸々の病原性疾患の ”水際” での予防に大きく影響してきます。 消化器疾患については顧客様によって個人差は有りますが、通常本品1ポットで充分な変化を感じられることでしょう。

上記処方を参考に、当方、次回ピロリ菌検査(尿素呼気検査)を実行するまでのマヌカハニーの摂取方法を計画いたしました。

ちなみに、小匙といっても大きさがはっきりしないので、計量スプーンを100円ショップのダイソーで購入してまいりました。

マヌカハニー 026.jpg

※下記の摂取要項は、変更しました。(2011/01/21) → マヌカハニー摂取要項の変更

回数/1日4回。起床時、昼間の空腹時に2回、就寝時。
分量/就寝時7.5ml、昼間の空腹時2回それぞれ5.0ml、起床時5.0ml

このペースで3ボトルを消費し、その後2週間休止する。

尿素呼気検査を受ける。

尿素呼気検査が相変わらず陽性を示せば、基本的に除菌治療を行なう。

尿素呼気検査が陰性になれば、その後は基本的にマヌカハニーの量を減らすか、活性強度を落とすか、その両方を行なうかして、なるべく経済的にマヌカハニーの摂取を続けていきたいと思う。さらに、折に触れ血液検査によるピロリ菌検査・ペフシノーゲン検査、経鼻内視鏡によるピロリ菌検査(迅速ウレアーゼなど)及び慢性胃炎の具合などを経過観察していく。


大体こういった段取りで進めていきたいと思います。もし今後途中で、マヌカハニーの摂取方法を変更した場合などは、追加記事にてお知らせするようにいたします。

上記のように、より具体的な方法を開示することにより、もし当方がマヌカハニー摂取でめでたくピロリ菌の除菌に成功した暁には、ネット上でもめったにない「詳細で有力な定量的事例」として、これからピロリ菌の除菌を志す多くの方々のお役に立てると思う次第です。

なお、ピロリ菌に関する各論については、今後マヌカハニー摂取と並行して、おいおい記事に書いていきたいと思います。


 







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2011年01月16日

当方ピロリ菌の現状

「ピロリ菌を考える」の各論に入る前に、ざっと全体像を把握しておくことは、ピロリ菌に興味のある当ブログ読者の理解に大いに役立つと思われますので、まずは当記事を掲載することにしました。

はじめまして。この度、御社の製品(ストロングマヌカハニー[活性強度27+][MG700+])を楽天市場を通して注文させていただきました○○○○と申します。

先日は、はるばるニュージーランドから国際電話をいただき、誠実かつ率直なご対応をありがとうございました。

再度、当方の状況をお知らせいたしますと、5年前に病院の人間ドックの血液検査でピロリ菌陽性となり、レントゲン検査で「胃炎の疑い、前庭部レリーフ乱れ、要精密検査(消化器科受診)」ということで、経口内視鏡(当時は経鼻内視鏡はほとんど認知されていませんでした)を行ないました。

結果のレポートを簡単に申しますと、胃角部に発赤と丘状隆起が数個あり、前庭部に単発の丘状隆起があり、4箇所の生検はすべて良性でした。診断としては、「胃炎の疑い」ということでした。

病院からピロリ菌除菌の話も少しありましたが、ピロリ菌に関する本の読書と、LG21やブロッコリー・スプラウトを気まぐれに食する程度で、そのうちそれもしなくなりました。ちなみに読んだ本は、「胃腸革命・乳酸菌LG21」(古賀泰裕著)と「ピロリ菌で分かった胃の新しい病気たち」(大谷克弥著)の2冊でした。

以上が、5年ほど前のことです。そして、昨年の11月、12月(つい1〜2ヶ月前です)に熱っぽい症状と腹部にやや不快感があったので病院を受診しまして、CT検査は異常なく、血液検査はいつものように肝臓の数値がHigh(体重85キロ、BMI29で、脂肪肝を5年前の人間ドック以来いつも指摘されているせいかもしれません)でしたが特に異常なしということでした。

その病院は経鼻内視鏡をやっていなかったので、当方がネットで探した経鼻内視鏡をやっている医院宛て紹介状を書いてもらいました。その医院での診断結果は、「慢性胃炎」ということで、5年前の精密検査時の写真(白黒)と比べると今回の写真(カラー)のほうが素人目ですがそれなりに悪化しているように見えました。生検のほうは、レベル1とか言っていたかと記憶していますが、ガンの問題はなかったようです。ただし、迅速ウレアーゼ試験だと思いますが、「比較的早く反応が出たのでピロリ菌はそれなりに居るだろう」とのことでした。

これらの検査と並行して、新しい情報も仕入れておこうと思い、「胃の病気とピロリ菌」(浅香正博著)と「これでわかるピロリ除菌療法と保険適用(改訂第3版)」(高橋信一著)を読みました。大筋では、5年前に読んだ本とあまり変わっていないように思いましたが、最近の研究では、よりピロリ除菌を推奨するようになってきているということを知りました。

今回経鼻内視鏡をやった医者は、ピロリ菌の除菌については、どちらかというとやや除菌を薦めている口ぶりでした。こちらが、副作用や後遺症のことに言及すると、風邪にも使う抗生剤だから、それほど心配することはないようなことを言っていました。

ピロリ菌は、5年前の血液検査、今回の迅速ウレアーゼ検査でほぼ居るだろうと思いましたが、今回さらに精度が高いと言われる「尿素呼気検査」を別の医院で受けてみました(特に除菌後の検査では尿素呼気検査が推奨されているので、後日もう一度尿素呼気検査を受けて比較するにもよろしかろうと)。

検査結果はやはり陽性でしたが、「陽性」と書いてあるだけで細かい数値が何も書いてなく医者に尋ねても、それしか検査機関から報告してもらっていないとのことでしたので、検査機関に電話して訊いてみたところ、9.4‰とのことでした。3.0‰以上が陽性とのことでしたので、完全な陽性ですねと言ったところ、検査員の方いわく、学者によってこのあたりは意見が違うところで、10‰くらいまでは擬陽性とする学者もいるとのことでした。また、検査結果が、20‰、30‰、中には100‰を超える人も居るとのことでした。でも、その検査員の話では、「90%くらいの確率でピロリ菌は居るでしょう」とのことでした。ちなみに検査薬は大塚製薬のユービット錠を使っているそうです。

上掲「ピロリ除菌療法と保険適用(改訂第3版)」(高橋信一著)の36ページに次のような記述がありました。

「ここで注意点があります。ガイドラインでも示されていますが、測定値が2.5〜5.0‰の間では判定が偽陽性の場合があります。そこでこのようなときには他の検査法を用いたり、あるいは経過観察後の再検査が望ましいとされました。ご注意ください。」

この判断に基づけば、私は9.4‰なので2.5〜5.0‰を超えていますし、他の検査法も既にやっているので、ほぼピロリ菌はそれなりに居ると考えてよさそうに思います。

私のとりあえずの決断としては、100%正しい判断かどうかはわかりませんが、ピロリ菌を5年前の様に放置するのではなく、早めに除菌する努力をする方向で行こう、ということです。一刻を争う場合なら除菌治療を選択しますが(それでも失敗する場合もある)、そうではなさそうなので、まずは御社のマヌカハニーで試してみる時間的余裕があると判断し食してみることにいたしました。

何分にも高価なものであるため、御社の最高級の製品(ストロングマヌカハニー[活性強度35+][MG1000+])ではなく、当該製品の注文と相成りました。もちろん、マヌカハニーはピロリ除菌だけでない効能があるとのことなので、それも含めて食べてみますが、基本的には「ピロリ除菌」を目的としています。しかるべき期間の後、ピロリ菌の検査(おそらく尿素呼気検査)を再度行い、除菌できていない場合は「除菌治療」をしようと思っています。もしマヌカハニーで除菌できなかったとしても、他に顕著な効能があればマヌカハニーを食べ続けたいとは思っています。

まずは、ピロリ除菌目的に絞って、食べ方の処方や次のピロリ菌検査までに食べ続けるべき期間などを教えていただければ幸いです。もちろん、抗生剤ではないので、はっきりした数値はないと思いますが、これまでのご経験から良さそうな方法を伝授していただければ幸いです。今後とも何かとお世話になりますが、何卒よろしくお願いいたします。


さて、当方が言うのも何ですが、人間というものは大方、最初の2〜3分の会話で、その人の人間性・知性がわかるというものです。当方が上記文章を送ったマヌカハニー販売者の方や、上記文章中に出てくる尿素呼気試験を判定してくれた検査士の方(女性)は、どちらも電話で話しただけですが、その論理性、正確性、人間性においてトリプルAの方々でした。先日の記事で言及した愚かな医者どもとは大違いです。あと、多くの場合、患者にとっては、愚かな医者なんかよりも有能な看護士のほうが遥かに有用であると思います。看護士は、医者のように医学界という偏狭な世界で長期に渡って性格が歪められることもなく、一般人としての常識的なセンスを持ち合わせているからだろうと思います。もちろん、医者の中にも立派な先生がおられ、看護士の中にもアカンタレが居ることは言うまでもありませんが。

   


 







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2011年01月15日

ろくな医者が居ない件に関する考察

「ピロリ菌を考える」の議論に入る前に、少し話しておきたいことがあります。

ディオゲネスは、真昼間にランプを点けて街中を歩き回り、「人間はおらぬか?」と言ったそうな。その伝で行くと、さしづめ、当方、そこら中の病院やクリニックを巡って、「医者はおらぬか?」と言いたい気分です。

まず、1人目。当方ある検査を受けるため、インターネットで調べて、ある医院を訪ねました。診察室に入って一分も経たないうちに、「時間がないのですぐ検査やるから」と、やたらせっかちな様子。まあ、検査を受けに来たわけだからそれでもいいのですが、もう少しゆったりとこっちの話を聞いても良さそうなものだと思いました。女性の看護士さんが4〜5人居て、検査は彼女たちのうちの2人がやってくれたのですが、迅速丁寧で言葉遣いもしっかりしていて、非常に感じが良い対応でした。

後日、その検査の結果を聞きに行きました。診察室に入ると、検査結果とその後の処方を告げられ、当方「その処方については少し考えたいので」と言うと、「じゃあまた来てください。それじゃ、待合室で待ってて」と言われました。当方、少し尋ねたいことがあったので話し始めようとすると、それをさえぎるかのように「次の患者さん、待っているんで」と言われました。当方、「やっぱ前回見定めたとおりだ、こりゃアカン」と思い、わははと笑いながら「お忙しそうで」と一つイヤミを言い残して診察室を出ました。出るとき、看護士さんが済まなそうな顔で見送ってくれました。当方、こんな杓子定規でせっかちで自分本位な医者は初めて見たので、怒りを通り越して笑うしかありませんでした。たしかに、ある意味、「おもろいやっちゃのう」と笑えないこともありません。

こんな医院でも、けっこう患者が居るから不思議です。ちょっと喧嘩っ早い人だったら、すぐに一悶着起きそうですが、そういう場合でもおそらく、この医者は一歩も引きそうにありませんから、患者「二度と来るもんか」、医者「どうぞご自由に」ってな感じになると思われます。となると、近くに住んでいるよほど従順な患者さんだけが通っているのかもしれません。それか、よく出来た看護士さんたちが医者の不足をカバーしているのかもしれません。百歩譲って、こんな医者にもどこか一つくらい良いところがあるのやもしれません。

まあ、大きい声では言えませんが、この医院は健康保険の適用が甘いので利用価値は大いにあります。ドライな医者にはドライに付き合うのが一番と悟った当方でした。

2人目。ある医者のウェブサイトが非常によく出来ていたのと、患者にフレンドリーな言葉が並んでいたので、当方、とりあえずある検査を受け、場合によってはその後もお世話になろうかと思い、車で1時間半ほど掛けてその医院を訪ねました。ところが、受付時間になっても患者は当方1人きり。しばらくして2人ほど来院しましたが、やたらすいていたので、「あれっ?」と思いました。

不安は的中しました。当方が書いた問診表を見て、「自由診療ですし、検査をやるかやらないかは自分で決めてください」と言うので、当方「他の医院も受診しているので、少し今までの経過を聞いてください」と言うと、医者「やるかやらないかですから、話を聞いても仕方ない。混合診療になってしまう。やっぱり止めたということになれば、一銭も取れない。」と言いました。

当方「話くらい聞いてくれてもいいでしょう」と食い下がると、ようやく嫌々そうに、当方の持って行った他の医院(この記事では話に出てこない医院)で撮った胃カメラの写真を渋々といった面持ちで見て、当方の話も渋々聞き、最後に当方でも知っている知識を自慢げに披瀝していました。結局、この検査はやらないことにしましたが、最後に「セカンド・オピニオンということで保険適用で診察費をいただきます」とのこと。

話が矛盾しているじゃないか、と思いましたが800円程度でしたので払って帰りました。「当方の話を聞くと混合診療になり、検査をやめたとなれば一銭も取れないから、当方の話は聞かない」のではなかったっけ。・・・本当はそうではないはずです。検査を受けることになれば、自由診療になってお金を取れるし、検査を受けないことになっても、健康保険で診察代を取れるのです。彼は、現にそうしました。だから、最初から当方の話を聞けばいいわけです。当方の話を聞いても何の問題もないどころか、そうするのが医者というものでしょう。患者の話を全く聞かないとは何事でしょうか。当方が引き下がらなかったので、最後は渋々当方の話を聞きましたが。

ああ、こいつが、当方の高校の後輩かと思うと情けなくなりました。せっかく、あんなに素晴らしいホーム・ページを作っているのに、「巧言令色少なし仁」とはこのことです。あれじゃあ、患者も寄り付かないわけだわ、と思いました。帰り掛けに待合室を見てみると、患者は1人も増えていませんでした。スタッフも、看護士と医療事務が1人ずつ居るだけでした。まあ、親の代からの医院だし、彼の兄貴も別の科の医者をしているようなので、早々に潰れることはないでしょうが、まあせいぜい頑張ってね、としか言いようがありません。45歳にもなる医者にあれこれ言っても手遅れです。

医者然り、政治屋然り、警察然り、権威づけのある所にあぐらを掻いている知的良心の乏しい不遜な人間が何と多いこと。彼らは勘違いしています。みんなが彼らを尊敬しているものと・・・。みんな、彼らを尊敬している振りをしているだけなのに、それに気づかない能天気な御仁たちです。努力を怠っていてプライドだけ高く志の低い医者の知識なんて大したことはありません。医学部を出たというだけじゃないですか。知識を独占する恩恵に浴しているだけじゃないですか。国家試験に受かれば、大学病院などを歴任して開業する、大過なく日々のやっつけ仕事をこなしていれば、普通は自然に儲かり、社会的にもステイタスが高い。それに安住していて患者の話を聞こうともしない不遜のヤカラは、改めて来世にでも出直してもらわなければなりません。

何事に関しても、謙遜で控えめなハートを持っていなければ、真実は成し遂げられません。権威も時には必要でしょう。しかし、権威をキチンと意識して、確固とした意思で使いこなさなければなりません。人は権威に溺れてしまったとき、大きな間違いを起こします。それがわからないようでは、仮に幾ら頭が良かったとしても人間失格です。それが迷妄であり聡明さの欠如です。人間は実に愚かです。そんなワナに易々と陥ります。自分の心を見つめられない人に他人は理解できません。まともなコミュニケーションはできません。すなわち、意固地で自分本位なまま一生を終わる何とも不憫な結末となります。あなたがそれで別に問題ないと言うのなら、そうすればいい。全ては「あるがまま」「どうでもいい」とね。
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2011年01月13日

動物愛護に関する考察

当方、子供のころは昆虫好きで、大き目の虫かごでカマキリに卵を産ませ、翌春孵化に成功いたしました。親カマキリは、二匹とも虫かごから出して逃がしてやりましたが、よく言われるメスがオスを食べてしまうこともなく、てんでバラバラに草むらに去っていきました。

当方、子供のころヒヨコを三匹飼っていて、たしか名前は、ピヨゾウ、ピヨキチともう一匹は忘れました。一匹は死んだので兄妹で庭にお墓を作ってやりました。二匹は順調に育って、とうとう立派な鶏になりました。ある日、家に帰ると二匹とも居なくなっており、その日の夕食は鶏肉入りのすき焼きでした。

当方、子供のころ庭に柿の木があり、柿の葉はカナブンの好物らしく、いつも沢山のカナブンが樹にとまっておりました。当方祖父は、いつも樹を揺すってカナブンを落とし、草履で踏みつけていました。祖父は、よそから飛んでくるカナブンよりも、秋には実をつける庭の柿の木のほうが大切だったのでしょうね。

とはいえ、当方だって残酷なことはしていました。当方、子供のころ家で何匹も鶏を飼っていて、彼らは一匹毎に区切られた狭い狭いかごに入れられて、毎日せっせと卵を産んでいました。当方、その餌箱にバッタやこおろぎを入れて、鶏たちに食べさせていました。

当方無類のカマキリ好きだったため、かごのカマキリのために、バッタやこおろぎやハチをいれてやりました。ハチは刺すので、カマキリも捕まえるのに少し手を焼いていましたが、最終的には捕獲して食べていました。

ここ数年、当方慈悲心が芽生え、蚊も叩けなくなりました。刺さなければ放っておくのですが、蚊は刺しますので放っておくわけにも行かず、手で捕まえて外に逃がしてやっています。たまに指の間で潰れていることがありますが、それはご愁傷様ということで仕方ありません。もっとも寝入りばなに来られると、部屋も暗く、捕まえることが困難なので、アースジェットを部屋中に撒きます。当方の身体にも悪いです。大体それで来なくなりますが、蚊が死んだかどうかは「当局は一切関知しません」(スパイ大作戦)。「死して屍拾うものなし」(大江戸捜査網)です。

当方、カニやエビを生きたまま料理するテレビ番組を見つけると、すぐにチャンネルを変えます。また、当方、熊を殺して運ぶシーンを撮ったニュースなどを見ると不快です。

車で山道などを運転していると、たまに猫やイタチなどが車に轢かれて死んでいます。一体、どんなスピードで運転していたのか訝しく思います。当方、蛙やバッタにも用心しながら山道を走っていますので、猫やイタチや猪などの大きな動物を轢くことはまずないと思っています。特に雨の日は蛙が多く出没しますので、ジャイナ教徒のように注意深く運転しています。でも、知らないうちに轢いてしまっているかもしれません。

当方、夜中の山道で車を運転していて、子供の野犬が狭い山道に沿ってトボトボ歩いているのを見たことがあります。一瞬拾って帰ろうかとも思いましたが、後ろから車も来ていたし、飼うとなれば最後まで面倒を見なければならないと思うので、そのまま放って走り去りましたが、他の車に轢かれないことを祈るのみでした。

当方、シーシェパードなどの雄姿を見るにつけ、違法性の高い活動とは言え、爽快感を覚えます。人間が鯨の肉を食べるように、古代には恐竜が人間の肉を食べていたんだろうなと思います。恐竜に人間の事情なんてわかるわけがありませんから、食欲を満たすために遠慮なく捕まえて食べていたんだと思います。

さて、当方、動物愛護の精神を人一倍持ち合わせていると思いますが、その行動指針は明確ではありません。その場その場で出来ることをしていますし、それで大きな問題は発生しないのですが、常に自己矛盾に似たものを感じます。デニーズでハンバーグを食べられるのは、どこかで家畜人ヤプーならぬ屠殺人さんが牛を殺してくれているから食べられるのであって、狩猟時代なら、牛を捕まえて殺すところから自分でやらなければならないのです。すなわち、蚊を捕まえて逃がしている一方で、デニーズでハンバーグを食べるときには間接的に牛を殺しているわけです。

♪もしも 翼が あったなら 牧場へすぐに 帰れるが ドナドナドナ ドナ 牡牛を乗せて ドナドナドナ ドナ 荷馬車は行くよ♪

あと、当方スペインに旅行するとしても、決して闘牛は見に行きません。「黒い牡牛」という切ない映画を子供のころ観たことがあります。

中性子、原子、分子の世界から、鉱物、植物、バクテリア、昆虫、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類といろいろありますが、動物愛護団体などは、生命体のどこからを、どのようなポリシーで愛護しようとしているのでしょうか。興味はありますが、調べたことはありません。

ここ数年来、疑問に思っていることを思いつくままに書きましたが、結局のところは、この疑問も「あるがまま」「どうでもいい」という地点に帰着するのでしょうかね。どこまで行っても議論は尽きないように思われます。 

posted by frugal gambler at 22:26| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月10日

近藤万里子、髪を切る

「こんまり」ことトランペット奏者の近藤万里子ちゃんが、髪を切ったそうな。→コチラ

こんまりちゃんは、当方が、岡崎ジャズストリート2010の1日目2日目の両方で聴いた唯一の演奏家でした(本当のところは、ドラムの佃政彦君も2日に渡って聴いているが、この際省略、ごめん)。そのこんまりちゃんが髪を切ったのは、当方が、その両日の記事で、こんまりちゃんの髪形について酷評?したからでしょうか。← どんだけ、自己中!?(もちろん当方が)

「岡崎ジャズストリート、1日目」の記事から抜粋↓
konmariちゃんのライブは、初めて拝見しました。konmariちゃんの出で立ちは、大きな胸が目立つ黒のニットのワンピース、黒のブーツ、髪型はポニーテール風に後ろにまとめた部分と両サイド前に垂らした部分とで割と地味な感じ、見た目しょぼめのイヤリングとブレスレット、それと時計。以前、岡崎サテンドールで宣伝用の写真を拝見した時点で、konmariちゃんは、なかなかの美形だと思いました。美人なのに、今回は、髪型を含め、あんまり身なりに気を遣っている風でもないご様子。彼女、もう少し背が高かったりしたら、みんなからますますチヤホヤされて、ツンとおすましスタイルになったのかもしれませんが、実際には美形ながら、ひょうきんで庶民的な感じで、時に何気なく笑いを誘う訥々としたしゃべりも含め、むしろ可愛がられるタイプのような・・・。konmariちゃんの演奏については、2日目にも別のクインテットで演奏しているのを聴きに行っているので、そちらに譲ります。

「岡崎ジャズストリート、2日目」の記事から抜粋↓
konmariちゃんの出で立ちは、黒のとっくりセーターの上から白のインド綿みたいな服(少しだけ黒のレースがあしらってはあるが)を着ておられましたが、演奏前にうろうろしていたときの足どりも含め、割烹着をきた給食のおばさん風でした。前日から見ていても、美人なのにあまり飾らない方のようで、髪型も含めもう少し若作りしてもいいように思いました。まあ、でも話しぶりは庶民的でひょうきんな感じで、雰囲気で何気なく笑いを誘う訥々としたしゃべりなので、カッコをつける必要もないのかもしれません。ツンと澄ました性格より、ひょうきんで可愛がられる性格のほうがよろしかろう。

ちなみに、上記「何気なく笑いを誘う訥々としたしゃべりの雰囲気」を伝えるこんまりちゃんのブログ記事がありました。その部分を抜粋します↓

お久しブリ!!      19:23

今日は、ブリの照り焼きを食べました!

みなさまお久しブリです♪

こんまりです。


こんな感じです。・・・わからないってか!? まあ、ライブに行ってみてください。

はてさて、こんまりちゃんの髪型は、こんな感じになったのかな? ↓

近藤万里子.jpg

どうよ!!

もっと短くしたんだろうな。こんな感じとか ↓

近藤万里子2.jpg

※これらの画像は、こんまりちゃんの旧ブログからパクリました。もし問題があれば、コメントしてください。コメントせずに訴えたりしないでね(^^;)。

ちなみに、こんまりちゃん、毎日ウォーキングをしているとか。寒いのに偉いなあ。ついでに言うと、当方、大西順子さんと誕生日が同じですが、こんまりちゃんとは誕生日が3日違い(みんな牡羊座)。血液型は、当方がB型で、こんまりちゃんはO型。守屋純子さんがB型で、纐纈っちゃんが天秤座のB型。守屋純子さんの「なぜ牛丼屋でジャズがかかっているの?」によると、守屋さんの周りのジャズメンにはやたらB型が多いとのことですが、誰か統計とってみてくださいな。

posted by frugal gambler at 14:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 近藤万里子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月09日

ファイヤアーベントの翻訳本に関する当方のとりあえずの感想

先日、ファイヤーアーベントの主な著書の翻訳本を、以下のようにご紹介しておきました。

   

まず、紀伊国屋書店が撤退したあとに入ったジュンク堂書店で調べてみたところ、上記四つのうち「方法への挑戦」と「知についての三つの対話」の在庫だけがありました。次に図書館で調べてみたところ、上記四つのうちの「知についての三つの対話」と「哲学、女、唄、そして・・・」の在庫だけがありました。

ジュンク堂書店で、ざっと立ち読みした「方法への挑戦」は、分厚い本である上、概念的な単語が次々と現れるため、(仮に理解できるとしても)理解するとなると相当ゆっくり読み進めなければならないと思われ、よほど頭がいいか、忍耐力があるか、情熱があるか、それらの複合であるかでなければ、読む気が失せそうな代物でありました。

図書館では、本を借りるための登録をして、「知についての三つの対話」と「哲学、女、唄、そして・・・」を借りて参りました。余談ですが、当方が本を図書館で借りるというのは、小学生以来ではないかと記憶しております。これまで本を買ってばかりいた当方が、関西の友人の良き習慣に倣って本を借りるという行動の端緒につけたのは、どちらかといえば、めでたいことではなかろうかと思っています。

さて、図書館で借りた「哲学、女、唄、そして・・・」というファイヤアーベントの自伝ですが、最初の20ページ程度を読んで嫌になりました。「何がどうした」というどうでもいい話が延々と続くのです。・・・「そういう君も、いつも、どうでもいい内容の記事をブログに書いているじゃないか」というご指摘は、喜んで受けます。

人は、「自分にまつわるどうでもいい事柄は勇んで他人に話そうとし、他人のどうでもいい事柄は聞いてる振りこそすれ聞きたがらない」というのが本音であると。

そこで、皆さんが聞きたくもないどうでもいい話をひとつ↓

そういえば当方、学生時代、サークル活動の帰りに、いつも行きつけのパブでサークルメンバーの3〜4人で酒を飲んでいたとき、場を取り持とうといろいろな話題を振りまいている友人(同級生)に、「何がどうした、誰がどうした、という話はつまらないから止めよう」と言い放ったことがありました。当方に他意はなく、本当につまらなかったからそう言ったまででしたが、そこに居た他の友人(当方の性向をよく知っている懇意の後輩)も苦々しい笑いを浮かべていたものでした。

その話を、30年も経った最近、当時から付き合いのある関西の友人(サークルの別の後輩)にしたところ、「よくそんなこと言いましたねえ」と言われ、わははと笑ったものです。

ちなみに、これら二人のサークルの後輩は、前にも申しました「たった1日で終わった論理哲学論考の読書会」に参加してくれた二人と、まさに同一人物です。

ねっ、聞きたくもなかったでしょ。

事ほど左様に、「哲学、女、唄、そして・・・」というファイヤアーベントの自伝の冗長で退屈な記述に嫌気が差した当方は、ヴィトゲンシュタインが出てくるくだりだけ拾い読みしました。ファイヤアーベントは、彼の学生時代に一度だけ、学生討論会に、たまたまウィーンに戻っていたヴィトゲンシュタインを招いていますが、ケンブリッジ大学のヴィトゲンシュタインの許で学ぶことが決まった矢先にヴィトゲンシュタインが亡くなったため、カール・ポパーの許で学ぶことになったのだそうです。

ちなみに、下賎のそしりを免れないかもしれませんが、「哲学、女、唄、そして・・・」の「女」の部分については、けっこう赤裸々に語られているようなので、週刊誌のゴシップ記事を読むように、その部分も拾い読みするつもりではあります。

追記(2011/01/15)

結局、何だかんだと言いながらも、「哲学、女、唄、そして・・・」をあちこち拾い読みしているうちに、いつのまにか全体の3分の2程度は読んでしまいました。まあ、伝記なので次から次へと話題が移っていくため、個々の話を深く追求するということはほとんどないのですが、まあまあ楽しく読むことができました。本の最初のほうが子供の頃の話なので、冗長で退屈なため、やや酷評してしまった感があるので、この追記にて少しバランスを取っておきたいと思った次第です。もちろん何を差し置いても読まなければという本ではないでしょうが、まあ興味があれば読んでみてもよろしかろうというくらいの本ではあると思います。ちなみに、この本の原題は「Killing Time」なので、「哲学、女、唄、そして・・・」なんていう俗っぽい題名にするのではなく、もう少し原題に忠実でスマートな邦題を考えられなかったのかと思ったりします(「訳者あとがき」で邦題に関する訳者のコメントがあるにしても)。


さて、「理性よ、さらば」については、ジュンク堂にも図書館にも無かったので、立ち読みすらできなかったのですが、アマゾンのカスタマーレビューを見ると次のように書いてありました。

ファイヤアーベントは大好きな哲学者の一人なのだが、訳がひどくて読むに耐えない・・・。一般的読者には理解が困難な内容がさらに困難になっている。おそらく訳者自身が理解していないせいだろう。

他人のレビューを鵜呑みにするわけではありませんが、参考にはしたいと思います。

ジュンク堂にも図書館にもあった「知についての三つの対話」が、当方にとっては何とか読むに値する本のようなので、せっかく借りてきたこともあり、読んでみたいと思います。

ヴィトゲンシュタインに関する本は嫌というほど本屋に並んでいますが、ファイヤアーベントの本は極めて少ないので、当方、ファイヤアーベントに興味は持ったものの「知についての三つの対話」を読み終えた時点で、それ以上ファイヤアーベントにコミットすることはないかもしれません。すなわち、当方、一時的にファイヤアーベントの「何でもかまわない!Anything goes!」という言葉に色めきたったにすぎなかったという結果になるかもしれませんが、そこは子供の頃のような根気もなく、若い頃のようなエネルギーもない、「知的スラム街の住人」のような当方に免じてお許しあれ。

posted by frugal gambler at 18:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月05日

わくわくする出会い/ファイヤアーベント(Paul Feyerabend)

先日、当方ブログ記事「論理学、ひいては哲学に興味のある方へのお薦め本」の中で紹介した3冊のうち「入門!論理学」と「理性の限界」を読み終えました。どちらの本も大方楽しく読み進めることができました。もっとも、どちらの本も、一読しただけでは理解できない込み入った内容も一部含まれており、当方、細かい理解を端折った部分もありましたが、とりあえず全体の流れと個々の議論の概略を把握する程度には読むことができました。

その中で当方にとって最も印象的だったのが、「理性の限界」の「第二章 科学の限界」で取り上げられているファイヤアーベント(Paul Feyerabend)という人物です。当方、今回初めてこの人の名前を知りました。著者の高橋昌一郎さんは「第二章 科学の限界」で「ハイゼンベルグの不確定性原理」の概略を説明した後に、科学の「相対主義」の説明に入り、その流れで「科学に合理的な基準など一切存在しない」という「方法論的虚無主義」を標榜するファイヤアーベントに言及しています。ファイヤアーベントは、科学の選択の基準を「何でもかまわない(Anything goes!)」と主張したとのこと。

この「何でもかまわない」というフレーズを読んだ瞬間、当方の脳裏に浮かんだものは、沙織ちゃんのブログ記事「宙」の中で語られた次の文章です。

偏見とは何か、中央とはどういう意味か、区別とは何か、
BeBopとは何か、音楽とは何か、流行とは何か。

答えは、何でもいい、のだと思います。
どうでもいい、に近い何でもいい。ですね。


さらにそれに加えて、この沙織ちゃんのブログ記事「宙」に付けた当方のコメントで、当方が語っている「どうでもいい」という概念です。

このような、ともすると侃々諤々、喧々囂々の議論になりそうな問いの答えは、「どうでもいい」のひと言で解決されます。「迷妄」有らんば有れ、無からんば無かれ。そもそも迷妄とは何か。知とは何か。何もかも、わかり得ないというのが本当のところでしょう。

さらに言えば、矢野沙織ブログへの投稿文19で当方が語っている次の文章・・・

そんなとき、ノンポリで非国民で似非アナキストの当方流「あるがまま」「どうでもいい」の積極的な逃避思想を頭の片隅にでも・・・。

ちなみに、すぐ上の文章中の「アナキスト」という言葉は、矢野沙織ブログへの投稿文17にも出てきます。

そこへいくと当方、コスモポリタンというか、むしろアナーキストのためかどうかは知りませんが、戦争からはなるべく遠ざかりたいほうですし、愛国心もあまり無いように思います。

ところが、先ほど、ファイヤアーベントを検索して調べていたら、彼は、1975年に「Against Method: Outline of an Anarchistic Theory of Knowledge」(「方法への挑戦 : 科学的創造と知のアナーキズム」村上陽一郎, 渡辺博共訳、新曜社、1981)という本を出しているのです。

ここまで当方の思想と符号するかに見える形跡があると、当方の孤立した世界観は、ファイヤアーベントによって確固としたものになりうるのではないかという期待感が湧いてきます。しかも、ファイヤアーベントはオーストリア生まれということで、当方の敬愛する哲学者ヴィトゲンシュタインと同郷であることに及んで、当方、俄然、ファイヤアーベントに興味と親近感を持ちました。翻訳本も数冊出ているようなので、今後読んでみたいと思っています。

   

  
 
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2011年01月04日

石川丹八さん

当方小学生時代、当時の自宅近くに丹八山(たんぱちやま)という名の小高い丘があり、その丘の所有者は石川丹八という名の八卦見のお爺さんでした。

石川丹八さんは、日頃からやや風体が変わっていたこともあり、多くの人々から、からかわれているようなフシがあり、小学生たちが下校途中の道で丹八さんを見掛けると、小学生たちのうちの誰からともなく「あーめっ!(雨)」という掛け声がかかり、丹八さんは「てんきっ!(天気)」と応え、掛け声はやがて合唱となり、その小学生たちの「あーめっ!」の合唱と丹八さんの「てんき!」が、「あーめっ!」「てんきっ!」「あーめっ!」「てんきっ!」・・・と、しばらくの間、楽しそうに繰り返されたものでした。

当時の当方は、田舎の神童ぶりを発揮していたので小学校の通信簿は「オール5」を連発していて、むしろ成績が良いことを恥ずかしく思っていたくらいでした。その一方で、当方、ぼっちゃん育ちのご多分に漏れず、いつもボーっとしていたので(ちなみに当方、30歳過ぎまでは、大方ボーっとしていた)、同級生たちと丹八さんのやりとりを単にリズミカルな掛け合いくらいにしか思っていませんでしたが、長じて後、くだんの掛け合いを次のように分析するに至りました。

小学生たちの「あーめっ!」という掛け声は、「あーめっ?」であったのではないかと思い当たりました。もっと言えば、それは「明日は雨ですか?」という質問であり、丹八さんは易者だったので、それに答えて「てんきっ!」と言ったのではないかと・・・。

さて、「天気」という言葉は、時に「晴れ」を意味することもありますよね(広辞苑にも載っている)。例えば♪あーした天気になーあれ♪と言った場合の「天気」は「晴れ」を意味しますよね。丹八さんは、「てんきっ!」と答えることによって、翌日晴れれば「ほら、天気(晴れ)になっただろう」と言い、もし雨になっても「天気」の本来の意味(気象状態・空もよう)を持ち出して「雨も天気(気象状態)には違いない」と言い逃れができるようにしていたのではないかと・・・。

そのくらいの意味もないようならば、あのような掛け合いの存在価値もあまり無いわけで・・・。しかるに当方、30歳過ぎまでボーっとしていたので、そんな意味が(あったとしたら)あることに気づきませんでした。もう一つ、当方が気づかなかった例を挙げておきます。

当方が中学生のとき、クラスメイトが「南沙織って痴漢だにー(名古屋弁)、・・・皆に触り」と言ったのですが、当方「南触り」という風に受け取って「それじゃあ、由紀さおりだって痴漢じゃん」と言ったところ、そのクラスメイトから「ミ・ナ・ニ、皆に触り」と言われて、当方「なーんだ、そこまで掛かっていたんだ!?」と言ったら、「触りだけじゃギャグにならんでしょう」と言われました。

事ほど左様に、当方ボーっとしていたがために、あとになって気づくパターンが多すぎて、色恋沙汰でもけっこう損していることは、当「クレイジーポーカー2」や元祖「クレイジーポーカー」の過去記事で、これまでもご紹介しているところです。それでは、今日はこの辺で。

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    2010年11月13日 吉岡直樹スペシャルユニット in 吉良(インテルサット)
    2010年12月12日 矢野沙織ブログへの投稿文16
    2010年12月12日 矢野沙織ブログへの投稿文17
    2010年12月12日 矢野沙織ブログへの投稿文18
    2010年12月22日 矢野沙織ブログへの投稿文19
    2011年02月18日 矢野沙織、ピンク・ボンゴに入隊
    2011年03月05日 偶然か必然か、矢野沙織と当方の「共時性」の物語
    2011年07月06日 矢野沙織、沖縄に逃げる!
    2011年09月22日 岡崎が「ジャズの街」とはこれ如何に?
    2011年10月16日 「ノンポリ、非国民、アナーキスト」の当方より矢野沙織ちゃんへ
    2012年05月19日 松本茜 名古屋ライブ @スターアイズ
    2012年06月02日 秋吉敏子 ソロコンサート @Libra in 岡崎
    2012年09月29日 大西順子引退?
    2012年10月20日 松島啓之 @スターアイズ in 名古屋(覚王山)
    2012年11月24日 森永理美 「But Beautiful」 評
    2013年04月01日 松島啓之・纐纈歩美 @スターアイズ in 覚王山
    2013年10月13日 今岡友美 Jazz Live in むらさきかん (2013/10/08)
    2013年10月27日 秋吉敏子 ソロコンサート @セントルイス in リブラ(岡崎市図書館交流プラザ)
    2014年01月19日 ジャズ講座 前田憲男ジャズを語る 〜ジャズとアレンジの深い関係〜
    2014年02月03日 松本茜、浜崎航、Valentine Jazz Live vol.5 @リブラ スタジオ1
    2014年02月16日 Vanilla Mood (岡崎市図書館交流プラザ、リブラホール)
    2014年05月11日 那王美(vo)&堤智恵子(sax)カルテット @スターアイズ(覚王山)
    2014年06月01日 もうひとりの纐纈っちゃん、纐纈雅代ライブ @インテルサット in 西尾市
    2014年06月15日 堤智恵子ライブ @Swing (新栄)
    2014年06月22日 太田AHAHA雅文ライブ @くすりやさん in 名古屋市中川区
    2014年06月26日 アリス=紗良・オット、フランチェスコ・トリスターノ @コロネット(シビックセンター)
    2014年09月07日 ジャズ講座「ベーシスト稲葉国光が見た日本のトップジャズメンたち」 @リブラ
    2014年09月13日 菅沼直&今岡友美 セプテンバージャズナイト @シビックセンター交流広場
    2015年01月18日 佐藤允彦ジャズ講座・60年代のジャズを語る、弾く 〜ジャズがマグマだった時代〜
    2015年02月14日 松本茜、浜崎航、Valentine Jazz Live vol.6 @リブラ
    2015年02月28日 Hyclad Concert (リブラ/岡崎市図書館交流プラザ)
    2015年07月04日 リブラ七夕ジャズライブ 森谷ワカ(p,v) レコードコンサートとミニライブ
    2015年09月04日 セプテンバージャズナイト 菅沼直カルテット&今岡友美 @シビックセンター
    2015年09月14日 エマニュエル・パユ フルート公開レッスン @シビックセンター
    2015年12月24日 矢野沙織 Bubble Bubble Bebop Live Tour 2015 Second Round@スターアイズ
    2015年12月27日 山中千尋トリオ バースデイライブ2015 冬 @スターアイズ
    2015年12月31日 纐纈歩美 @スターアイズ
    2016年01月17日 「ジャズを語る」【第1回:雑食音楽=ジャズ】講師/佐藤允彦(ジャズピアニスト)
    2016年02月20日 片倉真由子、浜崎航、Valentine Jazz Live vol.7 @リブラ
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